3日目 8月17日
Cuney 252m
Cole Terray 2775m
Fenetre de Tsan 2736m
Fenetre D'Ersa 2290m
Barmasse 2157m
文章が長いので、写真から♪
***********
コニーの小屋から。朝の景色。
非難小屋と山小屋の中間ぐらいの小屋。小さいが、一応何人かは宿泊できるらしい。
ここら辺では、太陽にかなりやられる。
たくさんの人が歩いている素敵ルート
ここでの朝ごはんも7時半であった。日本と比べると非常に遅いのであるが、まあこっちは大体これぐらいが普通みたいである。
朝ごはんは、やはり巨大カップにコーヒーをいただき、パンにジャムなどを大量につけていただくのである。今日はチョコクリームとバターをたっぷり塗ってみた。いったいどんなカロリーになっているんだか。だがしかし、確実に栄養を摂取しなくては、今日の長丁場がさらにきついものとなる。
今日は、距離的には、一番長くなる。昨日地図を改めてみて、気を失いそうになったのである。しかし、コースタイムは5時間45分で、アップダウンはそれほどないようなので、大丈夫かもしれないという淡い期待を抱く。
しかしやはり、私にとっては連日の強行軍で、多少精神的に追い込まれていたらしい。毎日毎日、最悪夕食までには、山小屋には到着しなくてはならないというプレッシャーを受けていた。そのためか、この日の歩き初めに、かなり派手な鼻血を出してしまうのである。はは。
朝ごはん後は、歯磨きをして、水の補給をし、ピクニックをもらって、支払いをする。そして、この山小屋ではなんとカード利用が可能だったのである。やはり現金が多少足りぐるしいので、ここはカードで支払いをさせてもらった。たぶんこういう山小屋は、国とか地域からかなり援助を受けているはずなので、カード支払いでも小屋には、そんなに迷惑かけないかなあと勝手に解釈し、使ってしまった。
個人経営の小さなB&Bとかは、現金がいいかもしれないけど、山小屋なら大丈夫かなあなんて、勝手に思ってしまった。この想像が当たっていてほしい。
あのアメリカのお姉ちゃんは、今日は小屋で仕事をするという。山小屋でお仕事できるなんて、なんて素晴らしい。こういう人と出会うと、普通に勤めているのが本当にばからしく思えてくる。
雷雲が近づいているという昨日の天気予報はどこへやら。今日も、とてもよい天気のようである。
フランス人ツアーグループもほどなくして、出発していった。ほとんどの人たちは、私たちと逆方向に進んでいくようである。というのも、私たちが、AltaVie1の通常ルートを逆流しているからである。逆流もなんだかいいなと思った今年であった。
私たち以外の人たちは、今日はほとんどが下りである。しかしながら、それもかなりエグイ下りである。登ってきたわたしたちも辛いのであるが、あれを下るのも相当に辛いはずである。特にかなり急な砂地の場所があり、登るのですらずりずり滑って大変だったエリアがある。あそこらへんを下るのは、かなり気を使うので、大変ははずである。
8時半ごろには、ぐずぐずしているのは私たちくらいになる。みんな山に慣れていて、準備も軽やかに出発して行ってしまった。
さて、私たちは8時半ごろに、のこのこ出発した。
今日の山小屋に向けて歩き始めると、素敵な散歩道がずーっと続いているようであった。今日は2つぐらいの峠を越えることはわかっているが、全体的に緩めで、距離が長いのだ。
歩きはじめの道は、非常になだらか、小屋の近くには本当に澄み切った水が流れる川もあり、癒される。きりっとした冷たい水に触れるだけで、幸せになる。こんなにきれいだから、飲めるんだろうなとは思うのであるが、さすがに飲む勇気まではないのである。
しばらく歩いていると、やはり楽々道が永遠と続くことはない。登りが始まった。はじめの峠に向けての登りであろう。アメリカのお姉ちゃん曰く、今日は峠がいくつかあるけど、まあ大丈夫よということである。確かに、昨日の高低差に比べたら、大したことないのである。
はじめの峠は、まあなんとかクリアー。その後また楽しく続く道を歩いているとなんと、はるか遠くに、急な斜面にいくつものジグザグ道が見えている。あまり認識したくないのであるが、なんとなく私たちが目指している方向である。あんまりちゃんと考えたくないが、ジグザグ道は私たちが進む道のような気配である。
そして道を進んでいくと、小さな小屋に到着した。
ここは、大人数が宿泊できる小屋ではないはずなので、たぶん人が常駐していない避難小屋かなと勝手に想像していた。
小屋では、おにいちゃんが洗濯物を干していた。小屋の人っぽい雰囲気だったので、話しかけてみると、やはりその人は小屋の人であり、この小屋でも宿泊できるという。おまけに、寝具とかも少しならあると言っていた。ずうずうしいのであるが、中も見せてもらうと、小さいキッチンに、素敵なストーブがあったのだ。こじんまりしていて、生活感がある素敵な空間。
はあ、なんだかとってもいいのである。
こんな素敵な石造りのかわいいお家に、まきストーブがあるキッチン。何か月か住んでみたい。
この小屋の外にも、例の水場があり、コニーで組んできた水をごくごく飲み、ペットボトルにトップアップした。水を補給することができるって、ほんと素晴らしい。
普段、普通に生活していると、食べ物、飲み物の補給なんて、考える必要ないのであるが、山に来るとそんなこともかなり重要なことになってくる。そして、こんな水の補給ができることですら、ものすごく幸せに感じてくるのである。
それにしても、この小屋の豪快なおにいちゃん。この小屋とか、水は全部パブリックのものだから、遠慮するなといい人であった。この小屋の近くには、小さな湖もあり、景色もよい。どうやって予約すればいいのかわからないが、この小屋で一泊するのも楽しいかもしれない。しかし、山小屋みたいに、食べ物が勝手にでてくるかはわからない。
小屋を過ぎて、なだらかな道を歩いていくと、あのジグザグ道がどんどん近づいてくる。やはりあのジグザグ道を登って、本日2つ目の峠を越えるらしい。
ジグザグ道が始まった。遠くから見たよりは、きつくないのであるが、やはりきつい。あいつは、ここ数日の山での実践トレーニングでかなり力をつけており、果敢にこの登りに挑み、私との距離がどんどん開いていく。
私は、もうあいつについていくことはすっかりあきらめて、自分のペースで登ることに決めたのだ。はるかかなた後ろに、誰かが来ていたのは知っているが、追い付かれるにはまだまだ距離がある。ここでも必殺の杖がかなり役にたち、杖を支えに、休憩をしたりしていた。
ふとすると、はるかかなた下に見えていた人がなんとすぐ私の後ろにいる。
いったいどんな速さで登っているのだろう!確実に私の5倍ぐらいの速度である。
そして、あっという間にその人は私を抜いていったのである。
あいつは、あいつで、もう峠に到着しているらしい。
峠の目印と思われる十字架が見えるが、ジグザグ道はまだまだ続く。そして、私がいつものちんどん屋の格好プラス新アイテムの杖という非常に見た目がよくなく、かつ疲れてヘロヘロになっている状態の時に、峠から降りてくる人がかなりいた。
みんな口々に、峠はあと少しよ。がんばって!と言ってくれる。イタリア語で言われているので、本当にそう言ってくれているのかよくわからないが、たぶんあっていると思う。
たくさんすれ違う人々に激励され、なんとか峠に辿りつく。あいつは、岩の上で涼しい顔で、くつろいでいる。私より20分ぐらい前に到着していたらしい。
この峠、やはり見た目通りきつかったのである。しかしながら、地図上では、今日の距離のまだ半分も歩いていない。この峠でかなりのエネルギーを使うはめにはなったが、道はまだまだ続くのである。
それにしても、今日のこの道は初日と2日目と比べると圧倒的に人が多いのである。おそらくこのルートは、ここら辺でも人気のコースだと思われる。峠はやはり苦しいが、比較的緩やかな道が続き、時折湖があったり、全体的にとても楽しいコースなのである。
私たちは、2つ目の峠を越えて、大きな岩陰でランチをいただくことにした。今日は小屋で作ってくれたピクニックである。巨大なチーズサンドイッチとサラミサンドイッチ。どう見ても、1回で食べきることができる量ではない。サンドイッチ1個にしてといえばよかったか。というかまさかこんな大きなサンドイッチが2個もピクニックに入っているとは思いもよらなかったのである。
このサンドイッチも、ここら辺の普通のピクニックの例にもれず、非常に食が進むといった感じではない。それでも、中のサラミとチーズはおいしかったので、まず中身からいただくことにした。パンが問題なのだが、山小屋で新鮮なパンをキープするのは、ほぼ不可能なので、仕方ないだろう。今ふと思ったのだが、パンはいったいどうやって保存しているのだろう。今までこんだけヨーロッパアルプスを歩いていて、全く考えたことがなかったが、小屋でパンを焼いているとも思えないので、パンの保管は重要課題のはずである。特にコニーとかに小さい小屋は、どうしているのだろう!
次回の調査課題にしなくてはならない。
ランチ後は、意気揚々とまた緩やかな楽しい道を下っていく。そうすると、大きな湖が前方に見えてきて、結構な人たちが、湖のほとりで遊んでいる。
このルートは、こんな湖とかもあるから、人が多いのだろうか。犬が湖の周りを走り回ったりしていて、いい感じである。しかしながら、時間に追われている私たちっと異なり、みんなのんびりしている。
本当に不思議なのであるが、ここら辺を歩いている人たちには、2種類いる。私たちと同じ程度のザックを持って歩いている人と、非常に軽装で、ほとんど荷物をもたないで歩いている人たちもいるのである。個人的に、あんな短パンとかタンクトップで、山を歩くなんてことは、恐ろしすぎてできないのであるが、こっちの人たちはよくそんな様相で歩いている。
軽装な人たちは、もちろん泊まりの人でなく、そこらへんの近所の人なのだろうが、それにしても無防備すぎると思ってしまうのだ。
しかしながら、雨がふってもそのままの格好で平気で歩いているようにも見える。おそらくここら辺の人たちで、ここら辺の山を知り尽くしているから、そんなことができるのだろうが、日本人よりも一枚皮が多そうな気もしてしまう。
それにしても、こんな場所の近くで生活できたら、本当に幸せなことである。
後半戦は、景色もそこそこ。また修行。
昼過ぎになると日差しがさらにきつくなってきたような気がする。そして、今日は森林内のルートではないし、雲がそれほど多くないために、直射日光に晒される。
それが、思いのほか体力を奪っていくのである。
特に、2時ぐらいの太陽はものすごく元気である。普段であれば、絶対に入りたいと思わない、古い汚い牛小屋で、休憩してしまうくらいの力は持ち合わせている。あの汚い牛小屋でさえも、日陰なので入りたいと思わせるほどの威力があるのである。
そこで、個人的には大発見があったのだ。
実は今回の登山からはテルモスの水筒を持ってきている。最大の目的は、最終日のカップ麺のお湯確保のためなのであるが、今日はコニーの小屋の冷たいお水をこの水筒に汲んでいたのである。
この強い日差しの中での水筒の冷たい水!
テルモスはすごいのだ。冷たい水もこんなに、冷たい状態に保ってくれていたのだ。
冷たい水で、元気100倍。まだまだ続く道を歩き始めるのである。
しばらくいくと、また登りが始まった。ここら辺になると2000mぐらいまで標高が下がってきており、景色もそこそこ、木々の間を歩く感じである。ここの峠はそんなに大したことないのであるが、やはり今日の疲労とも重なって、苦しい。
やっとのことで、峠に辿りついた。そこで出してきたのが、コニーの小屋のピクニックについていた黄色いリンゴ。あいつも一緒になり、無言でのリンゴ一気食い・・・・・。
おそらくあのリンゴが今までの人生の中で食べたリンゴで一番おいしかったと思われる。
あいつもどうやら同じように感じたらしい。
峠を越えた後は、ぐんぐん標高が下がり、今日の山小屋の標高よりもさらに下に下りていく。ということは、また登らなくてはならないのである!!!
それにしても、ここら辺は森林の中で視界もあまりきかないし、日が傾いてきているので、森林の中は既に薄暗い。こんな場所は、一人ではなるべく歩きたくない。あいつでも一緒にいてくれて、力強いのである。
途中牛の大群の中を横切ったりと、余計なエネルギーを使ったりしながら、今日の山小屋に向けて進んでいく。
毎日毎日同じなのであるが、これでもかと歩いても、山小屋に到着しないのである。
あいつも毎日毎日、まだ?まだ?と聞いてくる。
到着しないのなら、歩かなくてはならないのだ。
あいつもいい加減嫌になったらしく、ある建物が見えた時に、
”ここだろう!”
と決めつけるように言う。
”いいや。ここではない。”
という私の答えは、全く聞きたくないらしい。
私だって、今日もいい加減疲れている。まだ到着しないんだから、まだ歩かないといけないのだ。
また今日も二人で疲労困憊しながら、なんとか小屋までたどりついた。薄暗くなっているが、この小屋は大きな湖のほとりにあり、日中はかなりよいのではないだろうか。
”こんにちは!” 私たちにはもったいなさすぎるおもてなし フランス人ご夫婦との出会い
さて、小屋に到着して、靴を脱いだりしていると、いきなり、
”こんにちは!”
と言ってくるおじさんがいた。
”へっ?”
私たちが日本人だとわかったらしい。このおじさんはスイスの人であり、どうやらこのおじさんの兄弟が日本人と結婚しているらしく、日本のことを結構知っているようだ。
小屋の中に入ると今度は、そのおじさんの兄弟がやってきた。
こんなとこに日本人がいるのに少々びっくりしているらしい。しかしながら、日本人である私たちがいることを非常に歓迎してくれている感じである。こんなとこで、こんなに日本に好意を持っている人たちと出会うことができるなんて。やっぱり旅は不思議である。
しかしながら、時間はもう既に7時近く。夕食は7時半ぐらいなので、とにかく部屋に案内してもらって、身支度を整えなくてはならない。
小屋の子に到着した旨を伝え、部屋に案内してもらって、これまたびっくり・・・・。
なんと、個室の部屋に他の2人のご夫婦との相部屋になっている。かつ、ヨーロッパの山小屋では珍しく、非常に限られたスペースになっている。(けど日本の山小屋に比べたら全然まだましであるが。)
相部屋となってしまったフランス人のご夫婦から話を聞くと、どうやらこの小屋は予約管理をきちんとしておらず、大人数のグループなどが押し寄せて、大変なことになっているという。
そして、彼らもどうやらかなり前に小屋の予約をしていたのであるが、今日来てみたら、山小屋が今日の宿泊人数でてんやわんやしており、急きょ彼らのこの部屋に、2段ベットが追加されたらしい。
そして、私たちがの追加2段ベットで寝ることになるのだ。まあ宿の不手際ではあるが、なんだかこちらも申し訳なく思う。
おまけに、少しお話ししてから、私たちが着替えなどをするだろうということで、部屋を出て行ってくれたのだ。なんと、気がつく、そしてそれを非常にスマートにできる方であった。
その好意に甘えて、着替えや身支度を速攻で済ませ、食堂へと下りて行った。
食堂へ行くと、あのスイス人の人たちが、こっちのテーブルにこいと言っている。どうやら、初めに会ったおじさんの誕生日らしく、みんなでワインを飲んでいるのである。
どうやら彼らは10人以上ぐらいのグループで、トレッキングを楽しんでいるらしい。
ワインは、去年私たちが惚れたブランドのワイン。。。やっぱりこのブランドのワインは、素晴らしい。歓迎してくれたうれしさと、ワインのおいしさで、非常に幸せ気分になる。
私の隣にいたおばちゃんもあのおじさんの日本での結婚式に参加したらしく、着物姿の日本での写真を見せてくれたりする。
これはすごい!おばさんは、黒い留め袖、娘さんかな?は振袖、日本人の花嫁さんとあのおじさんも着物姿である。
おばさんは”シントウ”とか言っている。
いやはや、日本人でもこのタイプの結婚式をする人はもう少ないのではないだろうか。
みんな日本大好き!って感じの様子である。
後であいつとも話しをしたのであるが、おそらくこのスイス人の日本人奥様およびご両親が、本当に素晴らしい方で、ものすごい立派なおもてなしを彼らにしたのだ。この予想は、かなり当たっているだろう。日本で、日本人ですらも忘れているようなたくさんの日本的な伝統、それも格式の高い感じを体験したのだろう。そして、そこらへんの日本人よりも、日本の伝統文化に触れたのではないだろうか。
あのみんなが着物を着ている写真見るだけでも、それを思い図ることができる。
私たちには、もったいないくらいの歓待をしてくれたあの方々と日本人の奥様に感謝なのである。
そのグループの中には、ハーフイングリッシュの人もいたりと非常におもしろいグループであった。スイス人グループなのではあるが、やはりみんなある程度の英語を話すことができたり、そこらへんの人たちではない。
夕食の時間になったので、スイス人グループとは別れて、自分たちの食事が準備されるテーブルに戻ってきた。そこには、部屋が同室のフランス人ご夫婦もいた。
まず部屋を使わせてくれたお礼を言って、それからさっき途中になっていた話を始める。彼らも同じAltaVie1を歩いているが、やはり私たちと逆方向。というか私たちが、逆流しているのである。
彼らは、今回のホリディで、AltaVie1を全て歩ききるらしい。いやはや、これもまたすごいのである。公式ガイドでは、全部歩ききるのに、17日間とある。
一応私たちは、瀕死の状態ではあるが、なんとかガイドブックにある距離を一日で歩くことはできるので、私たちもやろうと思えば17日間で歩くことはできるだろう。しかしながら、洗濯や食料調達のことを考えると、5日間と17日間ではまた異なってくる。
それにしても、このルートを1回で歩き切るってすごいことであるし、ものすごい達成感を感じることができるだろう。
おじさん曰く、はじめの4日間がとてもつらいということ。確かにそうなのだ。当然1日目よりは、2日目、2日目よりは、3日目と徐々に楽になってきてはいる。もう少したつと、山小屋生活をしていた時の状態、いくらでも歩けるよって感じの状態になるのかもしれない。
だがしかし、いつもその状態の手前で山旅が終わってしまうので、あの状態に戻ったことはここ数年ないのである。
このおじさんは、私と非常に似ている感覚を持っている。山が好きな理由、好きなことが非常に似ているのである。おまけに、スノーシューも好きだという。本当に、好みがばっちり同じなのである。こういう人だと会話をするのに、言葉なんてただの補助って感じになるのだ。
ちなみに、奥様の方は英語であまり得意ではないらしいので、聞いているだけだが、内容はわかっているみたいである。それにしても、このおじさんについて歩いて、山小屋などに泊まるのは大変だろうに。それとも、もう慣れてしまったのか?
それにしても、歳とってもこんな風に、二人で元気に2週間以上のトレッキングができるなんて、本当にうらやましい。ちなみに、彼らは特別なトレーニングをしているわけではなく、毎週末にパリ近くにハイキングに行くぐらいしかしていないという。それが、どの程度のハイキングかはわからないが、やはり山のトレーニングをするには、ジムとかのトレーニングではなく、実践するのが一番らしい。
食事中は、話に夢中になってしまい、料理はおいしいのであるが、なかなか進まない。ここもファーストコースは、パスタかスープのどちらかで、好きな方をいただくことができる。
私は、いつも通りスープ、あいつはパスタを選択。フランス人ご夫婦もスープを選んでいた。この小屋は、今日のような大入りを予想していなかったのか?それともただ、従業員がまだ慣れていないのか、スープを配る時も、スタッフの若いお兄ちゃんが四苦八苦している。フランス人のおばちゃんは、どうやら熱いスープを少しかぶってしまったみたいである。
あの狭い部屋、あとから来たアジア人と、料理のサーブの仕方といい、フランス人ご夫妻は、この宿は、だめだめな宿だと思っているのだろう。
ファーストコースのスープは、???という味であった。イタリアにしては珍しい。あいつのパスタはおいしそうであった。パスタにした方がよかったのかもしれない。
メインは、ズッキーニ、パプリカ、じゃがいものを煮たものと、煮込んだらしきソーセージ。これが、見た目に反して、おいしかったのである。
そして、デザートは、コーヒーのムース。あいつは、このコーヒームースで眠れなくなるかもなんて、心配しているが、こんな程度で眠れなくなるはずなんてない。眠れない場合は、他の原因があるはずである。
後は、部屋に戻って、寝るだけである。しかしながら、この日の夜は、結構きつかったのである!
なんと、あとから急きょ追加された私たちの2段ベットは、少し動いただけで、ぎしぎしとすごい音がするのである。それなので、なるべく動かないように寝ようとするのであるが、それに気をとられてしまい、寝入ることができないのである。
おまけに、どこからかいびきも聞こえてくるし、雷の音もする。
ベットの音と、いびきと雷で、この日はあまり眠ることができなかったのである。
それから、明日は今までよりもさらにきつい日となることが予想されている。しっかり寝てパワーを蓄えなくてはいけないのだが。まあ、山なので仕方がない。食べ物があって、寝床があるだけで、ありがたいと思わなくては。
Cuney 252m
Cole Terray 2775m
Fenetre de Tsan 2736m
Fenetre D'Ersa 2290m
Barmasse 2157m
文章が長いので、写真から♪
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コニーの小屋から。朝の景色。
非難小屋と山小屋の中間ぐらいの小屋。小さいが、一応何人かは宿泊できるらしい。
ここら辺では、太陽にかなりやられる。
たくさんの人が歩いている素敵ルート
ここでの朝ごはんも7時半であった。日本と比べると非常に遅いのであるが、まあこっちは大体これぐらいが普通みたいである。
朝ごはんは、やはり巨大カップにコーヒーをいただき、パンにジャムなどを大量につけていただくのである。今日はチョコクリームとバターをたっぷり塗ってみた。いったいどんなカロリーになっているんだか。だがしかし、確実に栄養を摂取しなくては、今日の長丁場がさらにきついものとなる。
今日は、距離的には、一番長くなる。昨日地図を改めてみて、気を失いそうになったのである。しかし、コースタイムは5時間45分で、アップダウンはそれほどないようなので、大丈夫かもしれないという淡い期待を抱く。
しかしやはり、私にとっては連日の強行軍で、多少精神的に追い込まれていたらしい。毎日毎日、最悪夕食までには、山小屋には到着しなくてはならないというプレッシャーを受けていた。そのためか、この日の歩き初めに、かなり派手な鼻血を出してしまうのである。はは。
朝ごはん後は、歯磨きをして、水の補給をし、ピクニックをもらって、支払いをする。そして、この山小屋ではなんとカード利用が可能だったのである。やはり現金が多少足りぐるしいので、ここはカードで支払いをさせてもらった。たぶんこういう山小屋は、国とか地域からかなり援助を受けているはずなので、カード支払いでも小屋には、そんなに迷惑かけないかなあと勝手に解釈し、使ってしまった。
個人経営の小さなB&Bとかは、現金がいいかもしれないけど、山小屋なら大丈夫かなあなんて、勝手に思ってしまった。この想像が当たっていてほしい。
あのアメリカのお姉ちゃんは、今日は小屋で仕事をするという。山小屋でお仕事できるなんて、なんて素晴らしい。こういう人と出会うと、普通に勤めているのが本当にばからしく思えてくる。
雷雲が近づいているという昨日の天気予報はどこへやら。今日も、とてもよい天気のようである。
フランス人ツアーグループもほどなくして、出発していった。ほとんどの人たちは、私たちと逆方向に進んでいくようである。というのも、私たちが、AltaVie1の通常ルートを逆流しているからである。逆流もなんだかいいなと思った今年であった。
私たち以外の人たちは、今日はほとんどが下りである。しかしながら、それもかなりエグイ下りである。登ってきたわたしたちも辛いのであるが、あれを下るのも相当に辛いはずである。特にかなり急な砂地の場所があり、登るのですらずりずり滑って大変だったエリアがある。あそこらへんを下るのは、かなり気を使うので、大変ははずである。
8時半ごろには、ぐずぐずしているのは私たちくらいになる。みんな山に慣れていて、準備も軽やかに出発して行ってしまった。
さて、私たちは8時半ごろに、のこのこ出発した。
今日の山小屋に向けて歩き始めると、素敵な散歩道がずーっと続いているようであった。今日は2つぐらいの峠を越えることはわかっているが、全体的に緩めで、距離が長いのだ。
歩きはじめの道は、非常になだらか、小屋の近くには本当に澄み切った水が流れる川もあり、癒される。きりっとした冷たい水に触れるだけで、幸せになる。こんなにきれいだから、飲めるんだろうなとは思うのであるが、さすがに飲む勇気まではないのである。
しばらく歩いていると、やはり楽々道が永遠と続くことはない。登りが始まった。はじめの峠に向けての登りであろう。アメリカのお姉ちゃん曰く、今日は峠がいくつかあるけど、まあ大丈夫よということである。確かに、昨日の高低差に比べたら、大したことないのである。
はじめの峠は、まあなんとかクリアー。その後また楽しく続く道を歩いているとなんと、はるか遠くに、急な斜面にいくつものジグザグ道が見えている。あまり認識したくないのであるが、なんとなく私たちが目指している方向である。あんまりちゃんと考えたくないが、ジグザグ道は私たちが進む道のような気配である。
そして道を進んでいくと、小さな小屋に到着した。
ここは、大人数が宿泊できる小屋ではないはずなので、たぶん人が常駐していない避難小屋かなと勝手に想像していた。
小屋では、おにいちゃんが洗濯物を干していた。小屋の人っぽい雰囲気だったので、話しかけてみると、やはりその人は小屋の人であり、この小屋でも宿泊できるという。おまけに、寝具とかも少しならあると言っていた。ずうずうしいのであるが、中も見せてもらうと、小さいキッチンに、素敵なストーブがあったのだ。こじんまりしていて、生活感がある素敵な空間。
はあ、なんだかとってもいいのである。
こんな素敵な石造りのかわいいお家に、まきストーブがあるキッチン。何か月か住んでみたい。
この小屋の外にも、例の水場があり、コニーで組んできた水をごくごく飲み、ペットボトルにトップアップした。水を補給することができるって、ほんと素晴らしい。
普段、普通に生活していると、食べ物、飲み物の補給なんて、考える必要ないのであるが、山に来るとそんなこともかなり重要なことになってくる。そして、こんな水の補給ができることですら、ものすごく幸せに感じてくるのである。
それにしても、この小屋の豪快なおにいちゃん。この小屋とか、水は全部パブリックのものだから、遠慮するなといい人であった。この小屋の近くには、小さな湖もあり、景色もよい。どうやって予約すればいいのかわからないが、この小屋で一泊するのも楽しいかもしれない。しかし、山小屋みたいに、食べ物が勝手にでてくるかはわからない。
小屋を過ぎて、なだらかな道を歩いていくと、あのジグザグ道がどんどん近づいてくる。やはりあのジグザグ道を登って、本日2つ目の峠を越えるらしい。
ジグザグ道が始まった。遠くから見たよりは、きつくないのであるが、やはりきつい。あいつは、ここ数日の山での実践トレーニングでかなり力をつけており、果敢にこの登りに挑み、私との距離がどんどん開いていく。
私は、もうあいつについていくことはすっかりあきらめて、自分のペースで登ることに決めたのだ。はるかかなた後ろに、誰かが来ていたのは知っているが、追い付かれるにはまだまだ距離がある。ここでも必殺の杖がかなり役にたち、杖を支えに、休憩をしたりしていた。
ふとすると、はるかかなた下に見えていた人がなんとすぐ私の後ろにいる。
いったいどんな速さで登っているのだろう!確実に私の5倍ぐらいの速度である。
そして、あっという間にその人は私を抜いていったのである。
あいつは、あいつで、もう峠に到着しているらしい。
峠の目印と思われる十字架が見えるが、ジグザグ道はまだまだ続く。そして、私がいつものちんどん屋の格好プラス新アイテムの杖という非常に見た目がよくなく、かつ疲れてヘロヘロになっている状態の時に、峠から降りてくる人がかなりいた。
みんな口々に、峠はあと少しよ。がんばって!と言ってくれる。イタリア語で言われているので、本当にそう言ってくれているのかよくわからないが、たぶんあっていると思う。
たくさんすれ違う人々に激励され、なんとか峠に辿りつく。あいつは、岩の上で涼しい顔で、くつろいでいる。私より20分ぐらい前に到着していたらしい。
この峠、やはり見た目通りきつかったのである。しかしながら、地図上では、今日の距離のまだ半分も歩いていない。この峠でかなりのエネルギーを使うはめにはなったが、道はまだまだ続くのである。
それにしても、今日のこの道は初日と2日目と比べると圧倒的に人が多いのである。おそらくこのルートは、ここら辺でも人気のコースだと思われる。峠はやはり苦しいが、比較的緩やかな道が続き、時折湖があったり、全体的にとても楽しいコースなのである。
私たちは、2つ目の峠を越えて、大きな岩陰でランチをいただくことにした。今日は小屋で作ってくれたピクニックである。巨大なチーズサンドイッチとサラミサンドイッチ。どう見ても、1回で食べきることができる量ではない。サンドイッチ1個にしてといえばよかったか。というかまさかこんな大きなサンドイッチが2個もピクニックに入っているとは思いもよらなかったのである。
このサンドイッチも、ここら辺の普通のピクニックの例にもれず、非常に食が進むといった感じではない。それでも、中のサラミとチーズはおいしかったので、まず中身からいただくことにした。パンが問題なのだが、山小屋で新鮮なパンをキープするのは、ほぼ不可能なので、仕方ないだろう。今ふと思ったのだが、パンはいったいどうやって保存しているのだろう。今までこんだけヨーロッパアルプスを歩いていて、全く考えたことがなかったが、小屋でパンを焼いているとも思えないので、パンの保管は重要課題のはずである。特にコニーとかに小さい小屋は、どうしているのだろう!
次回の調査課題にしなくてはならない。
ランチ後は、意気揚々とまた緩やかな楽しい道を下っていく。そうすると、大きな湖が前方に見えてきて、結構な人たちが、湖のほとりで遊んでいる。
このルートは、こんな湖とかもあるから、人が多いのだろうか。犬が湖の周りを走り回ったりしていて、いい感じである。しかしながら、時間に追われている私たちっと異なり、みんなのんびりしている。
本当に不思議なのであるが、ここら辺を歩いている人たちには、2種類いる。私たちと同じ程度のザックを持って歩いている人と、非常に軽装で、ほとんど荷物をもたないで歩いている人たちもいるのである。個人的に、あんな短パンとかタンクトップで、山を歩くなんてことは、恐ろしすぎてできないのであるが、こっちの人たちはよくそんな様相で歩いている。
軽装な人たちは、もちろん泊まりの人でなく、そこらへんの近所の人なのだろうが、それにしても無防備すぎると思ってしまうのだ。
しかしながら、雨がふってもそのままの格好で平気で歩いているようにも見える。おそらくここら辺の人たちで、ここら辺の山を知り尽くしているから、そんなことができるのだろうが、日本人よりも一枚皮が多そうな気もしてしまう。
それにしても、こんな場所の近くで生活できたら、本当に幸せなことである。
後半戦は、景色もそこそこ。また修行。
昼過ぎになると日差しがさらにきつくなってきたような気がする。そして、今日は森林内のルートではないし、雲がそれほど多くないために、直射日光に晒される。
それが、思いのほか体力を奪っていくのである。
特に、2時ぐらいの太陽はものすごく元気である。普段であれば、絶対に入りたいと思わない、古い汚い牛小屋で、休憩してしまうくらいの力は持ち合わせている。あの汚い牛小屋でさえも、日陰なので入りたいと思わせるほどの威力があるのである。
そこで、個人的には大発見があったのだ。
実は今回の登山からはテルモスの水筒を持ってきている。最大の目的は、最終日のカップ麺のお湯確保のためなのであるが、今日はコニーの小屋の冷たいお水をこの水筒に汲んでいたのである。
この強い日差しの中での水筒の冷たい水!
テルモスはすごいのだ。冷たい水もこんなに、冷たい状態に保ってくれていたのだ。
冷たい水で、元気100倍。まだまだ続く道を歩き始めるのである。
しばらくいくと、また登りが始まった。ここら辺になると2000mぐらいまで標高が下がってきており、景色もそこそこ、木々の間を歩く感じである。ここの峠はそんなに大したことないのであるが、やはり今日の疲労とも重なって、苦しい。
やっとのことで、峠に辿りついた。そこで出してきたのが、コニーの小屋のピクニックについていた黄色いリンゴ。あいつも一緒になり、無言でのリンゴ一気食い・・・・・。
おそらくあのリンゴが今までの人生の中で食べたリンゴで一番おいしかったと思われる。
あいつもどうやら同じように感じたらしい。
峠を越えた後は、ぐんぐん標高が下がり、今日の山小屋の標高よりもさらに下に下りていく。ということは、また登らなくてはならないのである!!!
それにしても、ここら辺は森林の中で視界もあまりきかないし、日が傾いてきているので、森林の中は既に薄暗い。こんな場所は、一人ではなるべく歩きたくない。あいつでも一緒にいてくれて、力強いのである。
途中牛の大群の中を横切ったりと、余計なエネルギーを使ったりしながら、今日の山小屋に向けて進んでいく。
毎日毎日同じなのであるが、これでもかと歩いても、山小屋に到着しないのである。
あいつも毎日毎日、まだ?まだ?と聞いてくる。
到着しないのなら、歩かなくてはならないのだ。
あいつもいい加減嫌になったらしく、ある建物が見えた時に、
”ここだろう!”
と決めつけるように言う。
”いいや。ここではない。”
という私の答えは、全く聞きたくないらしい。
私だって、今日もいい加減疲れている。まだ到着しないんだから、まだ歩かないといけないのだ。
また今日も二人で疲労困憊しながら、なんとか小屋までたどりついた。薄暗くなっているが、この小屋は大きな湖のほとりにあり、日中はかなりよいのではないだろうか。
”こんにちは!” 私たちにはもったいなさすぎるおもてなし フランス人ご夫婦との出会い
さて、小屋に到着して、靴を脱いだりしていると、いきなり、
”こんにちは!”
と言ってくるおじさんがいた。
”へっ?”
私たちが日本人だとわかったらしい。このおじさんはスイスの人であり、どうやらこのおじさんの兄弟が日本人と結婚しているらしく、日本のことを結構知っているようだ。
小屋の中に入ると今度は、そのおじさんの兄弟がやってきた。
こんなとこに日本人がいるのに少々びっくりしているらしい。しかしながら、日本人である私たちがいることを非常に歓迎してくれている感じである。こんなとこで、こんなに日本に好意を持っている人たちと出会うことができるなんて。やっぱり旅は不思議である。
しかしながら、時間はもう既に7時近く。夕食は7時半ぐらいなので、とにかく部屋に案内してもらって、身支度を整えなくてはならない。
小屋の子に到着した旨を伝え、部屋に案内してもらって、これまたびっくり・・・・。
なんと、個室の部屋に他の2人のご夫婦との相部屋になっている。かつ、ヨーロッパの山小屋では珍しく、非常に限られたスペースになっている。(けど日本の山小屋に比べたら全然まだましであるが。)
相部屋となってしまったフランス人のご夫婦から話を聞くと、どうやらこの小屋は予約管理をきちんとしておらず、大人数のグループなどが押し寄せて、大変なことになっているという。
そして、彼らもどうやらかなり前に小屋の予約をしていたのであるが、今日来てみたら、山小屋が今日の宿泊人数でてんやわんやしており、急きょ彼らのこの部屋に、2段ベットが追加されたらしい。
そして、私たちがの追加2段ベットで寝ることになるのだ。まあ宿の不手際ではあるが、なんだかこちらも申し訳なく思う。
おまけに、少しお話ししてから、私たちが着替えなどをするだろうということで、部屋を出て行ってくれたのだ。なんと、気がつく、そしてそれを非常にスマートにできる方であった。
その好意に甘えて、着替えや身支度を速攻で済ませ、食堂へと下りて行った。
食堂へ行くと、あのスイス人の人たちが、こっちのテーブルにこいと言っている。どうやら、初めに会ったおじさんの誕生日らしく、みんなでワインを飲んでいるのである。
どうやら彼らは10人以上ぐらいのグループで、トレッキングを楽しんでいるらしい。
ワインは、去年私たちが惚れたブランドのワイン。。。やっぱりこのブランドのワインは、素晴らしい。歓迎してくれたうれしさと、ワインのおいしさで、非常に幸せ気分になる。
私の隣にいたおばちゃんもあのおじさんの日本での結婚式に参加したらしく、着物姿の日本での写真を見せてくれたりする。
これはすごい!おばさんは、黒い留め袖、娘さんかな?は振袖、日本人の花嫁さんとあのおじさんも着物姿である。
おばさんは”シントウ”とか言っている。
いやはや、日本人でもこのタイプの結婚式をする人はもう少ないのではないだろうか。
みんな日本大好き!って感じの様子である。
後であいつとも話しをしたのであるが、おそらくこのスイス人の日本人奥様およびご両親が、本当に素晴らしい方で、ものすごい立派なおもてなしを彼らにしたのだ。この予想は、かなり当たっているだろう。日本で、日本人ですらも忘れているようなたくさんの日本的な伝統、それも格式の高い感じを体験したのだろう。そして、そこらへんの日本人よりも、日本の伝統文化に触れたのではないだろうか。
あのみんなが着物を着ている写真見るだけでも、それを思い図ることができる。
私たちには、もったいないくらいの歓待をしてくれたあの方々と日本人の奥様に感謝なのである。
そのグループの中には、ハーフイングリッシュの人もいたりと非常におもしろいグループであった。スイス人グループなのではあるが、やはりみんなある程度の英語を話すことができたり、そこらへんの人たちではない。
夕食の時間になったので、スイス人グループとは別れて、自分たちの食事が準備されるテーブルに戻ってきた。そこには、部屋が同室のフランス人ご夫婦もいた。
まず部屋を使わせてくれたお礼を言って、それからさっき途中になっていた話を始める。彼らも同じAltaVie1を歩いているが、やはり私たちと逆方向。というか私たちが、逆流しているのである。
彼らは、今回のホリディで、AltaVie1を全て歩ききるらしい。いやはや、これもまたすごいのである。公式ガイドでは、全部歩ききるのに、17日間とある。
一応私たちは、瀕死の状態ではあるが、なんとかガイドブックにある距離を一日で歩くことはできるので、私たちもやろうと思えば17日間で歩くことはできるだろう。しかしながら、洗濯や食料調達のことを考えると、5日間と17日間ではまた異なってくる。
それにしても、このルートを1回で歩き切るってすごいことであるし、ものすごい達成感を感じることができるだろう。
おじさん曰く、はじめの4日間がとてもつらいということ。確かにそうなのだ。当然1日目よりは、2日目、2日目よりは、3日目と徐々に楽になってきてはいる。もう少したつと、山小屋生活をしていた時の状態、いくらでも歩けるよって感じの状態になるのかもしれない。
だがしかし、いつもその状態の手前で山旅が終わってしまうので、あの状態に戻ったことはここ数年ないのである。
このおじさんは、私と非常に似ている感覚を持っている。山が好きな理由、好きなことが非常に似ているのである。おまけに、スノーシューも好きだという。本当に、好みがばっちり同じなのである。こういう人だと会話をするのに、言葉なんてただの補助って感じになるのだ。
ちなみに、奥様の方は英語であまり得意ではないらしいので、聞いているだけだが、内容はわかっているみたいである。それにしても、このおじさんについて歩いて、山小屋などに泊まるのは大変だろうに。それとも、もう慣れてしまったのか?
それにしても、歳とってもこんな風に、二人で元気に2週間以上のトレッキングができるなんて、本当にうらやましい。ちなみに、彼らは特別なトレーニングをしているわけではなく、毎週末にパリ近くにハイキングに行くぐらいしかしていないという。それが、どの程度のハイキングかはわからないが、やはり山のトレーニングをするには、ジムとかのトレーニングではなく、実践するのが一番らしい。
食事中は、話に夢中になってしまい、料理はおいしいのであるが、なかなか進まない。ここもファーストコースは、パスタかスープのどちらかで、好きな方をいただくことができる。
私は、いつも通りスープ、あいつはパスタを選択。フランス人ご夫婦もスープを選んでいた。この小屋は、今日のような大入りを予想していなかったのか?それともただ、従業員がまだ慣れていないのか、スープを配る時も、スタッフの若いお兄ちゃんが四苦八苦している。フランス人のおばちゃんは、どうやら熱いスープを少しかぶってしまったみたいである。
あの狭い部屋、あとから来たアジア人と、料理のサーブの仕方といい、フランス人ご夫妻は、この宿は、だめだめな宿だと思っているのだろう。
ファーストコースのスープは、???という味であった。イタリアにしては珍しい。あいつのパスタはおいしそうであった。パスタにした方がよかったのかもしれない。
メインは、ズッキーニ、パプリカ、じゃがいものを煮たものと、煮込んだらしきソーセージ。これが、見た目に反して、おいしかったのである。
そして、デザートは、コーヒーのムース。あいつは、このコーヒームースで眠れなくなるかもなんて、心配しているが、こんな程度で眠れなくなるはずなんてない。眠れない場合は、他の原因があるはずである。
後は、部屋に戻って、寝るだけである。しかしながら、この日の夜は、結構きつかったのである!
なんと、あとから急きょ追加された私たちの2段ベットは、少し動いただけで、ぎしぎしとすごい音がするのである。それなので、なるべく動かないように寝ようとするのであるが、それに気をとられてしまい、寝入ることができないのである。
おまけに、どこからかいびきも聞こえてくるし、雷の音もする。
ベットの音と、いびきと雷で、この日はあまり眠ることができなかったのである。
それから、明日は今までよりもさらにきつい日となることが予想されている。しっかり寝てパワーを蓄えなくてはいけないのだが。まあ、山なので仕方がない。食べ物があって、寝床があるだけで、ありがたいと思わなくては。























