1月6日

Mong La ( 4150m ) - Khumjung ( 3780m )

観光とお料理教室の日

今日は、いつもにも増して、歩く距離が短い日である。今日は、トレッキングというよりも観光と、待ちに待ったお料理レッスンの日となった。

本日の目的地クムジュンには、すぐ到着してしまうので、朝はモンラでゆっくり。写真を撮ったりしていた。驚くことに、今日もいい天気。

そして、さすがベルギー人の宿と言うだけあって、ロッジの前にはよい景色が堪能できるテラスがある。そうそう!こういうテラスが、ヨーロッパアルプスでは普通にあるのだ。(ベルギーにヨーロッパアルプスが存在しているわけではないが・・・。)

そうそう、ポーターくんたちは、朝9:00前には、しっかりこのモンラに到着。昨日は、速く歩いたので1時間、今日はゆっくり来たので2時間かかったと言っていた。いずれにしても、速い。

クムジュンに向かうまでには、結構急な石の階段があったりする。日本では、このレベルの登山道は、普通に存在しているが、ネパールでは、珍しい。

クムジュンに向かう道で、シェルパの民族衣装を着た年配の人たちグループとすれ違った。どうやら、お嫁さん候補の人を迎えに行く人たちということであった。

そこで聞いた恐ろしい話がある。ナムチェ近郊のシェルパ族の人たちは、子供ができてからでないと、結婚させてもらえないということである。なんということだ。子供が産めない女性は、結婚することすらできないのか。

国際化された都市であれば、異質なものも受け入れる器ができているが、ネパールのここら辺では、その民族としての伝統、習慣に従わないと生きていくことが厳しいのであろう。それにしても、この伝統的な掟のために、不幸になってしまった人がいるのだろうなと思うと、悲しくなる。

さて、あっという間にクムジュンに到着だ。クムジュンの村に入ると、お店があったりして、

「ああ、都会に来た。」

と思う。

クムジュンの村は、建物の色が決まっており、自分勝手に建物の色を変えることができないという。確かに、屋根の色は、緑だけである。建物に統一感があって、美し山と美しい村の調和がとれている。

これは、イギリスと同じである。イギリスも景観規制があって、美しい町の景観や歴史的建造物を保護している。派手派手しい看板や、無節操にいろんな店が立ち並ぶ日本は、クムジュンやイギリスに負けている。

この景観規制は、外国人が指導したものだろうと予想するが、真相はわからない。日本は、急速に発展してしまったので、ここまで考える余裕がなかったのだろうか。それとも、みんなあれでいいと思っているのだろうか。

宿に到着してからは、待ちに待ったネパール料理レッスンである。カルマジーのおいしいご飯を毎日食べ続けて、感動し、カルマジーに料理教えてくれとずっと懇願していたのである。

今日のランチはシェルパ族のポテトパンケーキということである。デンディジー、カルマジー共に、自宅でもよく食べると言っていた。

キッチンに入ると、ガスコンロがあったり、湯沸かしポットがあったりする。ルクラに近付くにつれて、村の発展度が高まってくる。

ポテトパンケーキは、言われてみれば単純な作り方なのだが、じゃがいもをするのと、焼き加減が難しそうである。作り方は、下に乗せておいたので、興味がある方はぜひ作ってみてください。

ポテトパンケーキは、熱々のうちにヤクバター(正確には、ナクバター)とソースを塗っていただく。ソースが、かなり辛く、はふはふ言いながらおいしくいただく。かなりボリュームがあり、私は一枚でお腹いっぱいであった。

ランチ後は、クムジュン村の観光である。デンディジ、カルマジー、Keikoさん、私の4人で、出発する。ここの村のゴンパには、イエティ(雪男)の首があると言う。興味がないわけではないが、すごく興味があるわけでもない。

ロッジを出て少し歩いていくと、人だかりができている建物があった。なんだろうと見ると、目覚えのある人たちがいた。

サンギーとキパである。

私たちに見つかり、

「へへっ。」

って感じである。

何かのゲームをしているようである。今日は、もうすることがないので、楽しんでいるのだろう。ちなみに、本日も彼らはナムチェに帰るので、一緒のロッジには泊らない。

村の中をちょっと歩いたら、クムジュンの学校に到着した。ここは、そういえばポルチェのロッジの息子さんが通ってたなあなんて思いだした。周辺の村の選ばれた子供が通っている学校と聞いた。あのエベレストを登頂したヒラリーさんが建てた学校という。銅像までしっかりあった。

門をくぐると、宿舎があったり、教室があったりする。ほとんどがどこかの国からの寄付によって建てられているようである。日本、韓国、イギリスなどの国名と団体名などが建物の入り口に、「でん!」と大きく書いてある。

学校の中をずんずん入って、観光している。学校に勝手に入っていいのかどうかわからないが、デンディジーがどんどん先を歩いているので、問題ないのだろう。

ネパールに来て、かなり意外だったのが、ネパールとイギリスの関係である。イギリスの植民地であったわけでもないのに、かなりイギリスとの関係が深いのだ。

まずエベレストに初登頂したのは、イギリスの登山隊である。(ヒラリーさん自身は、ニュージーランド人だったということだ。恥ずかしいのだが、さっきこの事実を知った。ついさっきまで、ヒラリーさんはイギリス人だと信じていた・・・・・。)

ヒラリーさんの学校にも、イギリスが寄付した建物があった。

そして、ネパールに訪れた外国人順位の輝ける5位は、イギリスなのだ。(2012年)実は、日本人よりもイギリス人の方がたくさんネパールに来ているのだ。日本とイギリスの人口を考慮すると、あんなに遠いのに、意外とネパールに来ている人が多い。

ちなみに順位は、インド(20.6%)、中国(8.9%)、スリランカ(8.7%)、USA(6.1%)、UK (5.1%)ドイツ(3.8%)、日本、フランス(3.6%)となっていた。1)

それから、KADOORIEという団体がネパールに寄付をしていたものがありそれがどんな団体か調べていたら、グルカ兵のことも知ることとなった。グルカ兵とは、イギリス軍に雇われて、働いているネパール人のことである。いわゆる傭兵のことである。ネパール人は、以前からいわゆる出稼ぎをしていたのだった。

おまけに、4年間グルカ兵として働いたネパール人には、イギリスのレジデンス(私と同じステイタス *私はグルカ兵ではない。ワークパーミットで働いて、レジデンスを取ったのだ。)を申請する権利がある。2)

このイギリスの太っ腹さ加減がすごい。政権交代と共に、移民排斥の方向に進んでいるイギリスであるが、まだUK ボーダーエイジェンシーのサイトに”4年以上働いたグルカ兵はレジデンスの申請ができる。”とでている。ということは、これはまだ有効なはずだ。レジデンス取得が難しくなっている現在でも、グルカ兵の移住を認めているということは、グルカ兵に対するイギリスの敬意の表れだろう。

さて、また話が反れた。

ヒラリーさんの学校をぐるっと歩き、それからゴンパ(お寺)に向かう。
ゴンパに到着すると、門が閉まっている。どうやら、電話しろという案内があったらしく、カルマジーがどこかに電話している。開けてくれとお願いしているのだろう。

そうして、待つこと30分くらいか。おじいさんがのこのこやってきた。そして、ゴンパを開けてくれた。Keikoさんとおしゃべりしながら、開けてくれる人は、もう来ないんじゃないかと思っていた。

相変わらずチベット仏教のお寺は、とても色が鮮やかで派手である。きれいで楽しい気分になる。ブッダの御顔も、日本のブッダに比べるととても愛嬌があって、微笑ましい。

デンディジーは、またあの儀式のようなものをしていた。私は、そのやり方がわからないので、何もせずに、ありがとうっていう気持ちのお布施を少し置いてきた。

せっかく開けてもらって、中に入ったものの、もともとチベット仏教すら知らなかったので、何だかよくわからない。やっぱり、観光地に行くんだったら、その意味とかを調べてこないとだめだなあなんて思ってみる。

イエティの頭を見せてもらったけど、ただ黒い塊みたいであっただけ。

それにしても、クムジュンの村では、ここゴンパが一番の観光地だと思われるが、人が常駐しておらず、電話をしても30分とかかかる。こんな状態では、見ないで帰ってしまう人も多いのではないだろうか。それともシーズン中は、たくさんの人が来るから、誰かが常駐しているのか?

ゴンパからでて、またクムジュンの村をぶらぶら散歩する。そして、宿に戻ってくる。こういう観光も、なんだかよい。

それにしてもロッジからのアマダムラムは最高だ。本当に美しい。アマダムラムファンは、多いのだ。

そして、ロッジの中では、カードゲーム大会が開催されていた。今の季節は、トレッキングの客もいないし、じゃがいもの収穫も終わっており、暇だという。けど、こんな平日の昼間っからたくさんの大人がトランプ大会をしててよいのだろうか。

余計なお世話だろう。

そして、夜もまたお料理教室である。夜は、シェルパシチューであった。ここのシェルパシチューは、おいしいと評判であり、シェルパシチューを食べに、ここにいる人もいると聞いていた。

その作り方を教えてもらえるなんて、とても楽しみである。

こんなこともカルマジーがいるからだなあなんて、カルマジーに感謝する。カルマジー本当にありがとう。
シェルパシチューの作り方もしっかりメモをとる。しかし、骨付きのだしに全てがかかっている気がする。骨付き肉って、肉屋さんに行けば買えるのかしらん?

それから、すいとんみたいなものも入っている。これは、かなり捏ねているらしく、もちもちしている。

できあがったシェルパシチューとカルマジーが作ってくれたチャーハンを心ゆくまで堪能する。今日は、どう考えても運動量に比べて、摂取カロリーが多すぎる。

夜は、インドドラマ大会である。このロッジには、テレビがある。電気は、ターメの発電所からである。テレビがあるロッジでは、ほとんどがDish Homeというインドの衛星放送が見えるようになっていた。カルマジーの村でも見えるらしい。交通手段がなく、2,3日も歩かないと到着しない村でも、衛星放送が受信できる状態になっているとは、驚きである。営業マンに拍手であるし、それだけ需要があるのだろう。

ここのおばちゃんは、いろんなドラマを同時並行で見るのが好きらしく、いろんなドラマをかわるがわるみていた。それにしても、みんなヒンドゥー語もわかるのだ。私たちは、ヒンドゥー語はわからないが、一緒に見ていた。言語がわからなくても、映像だけでも楽しめる。

そういえば、忍者はっとりくんも放送されていた。もちろんはっとりくんもヒンドゥー語を話している。

ちなみに、ここのロッジのオーナーは、ヨーロッパのスキー場に行っており、シェフとして働いていることだ。旦那が不在なので、奥さんとその姉妹がここを切り盛りしている。

今日も、私たちの貸し切りであった。最近、ほぼ毎日のようにロッジ貸し切り状態とシェルパ族のカードゲーム大会が続いている。

ここら辺におりてきてから、夜のトイレの回数が減ることとなる。それに、ひび割れてぼろぼろになっていた手が、少々治ってきた。俗世間に、近づいてきた感がどんどん高まってくる。



もうすぐクムジュン




緑の屋根で統一されたクムジュンの村





ヒラリーさんの学校の近くにあったチョルタン どう見てもかわいいんだけど。



シェルパ ポテトパンケーキ 

焼き立てに、ヤクバターをぬって、ソースをつけて食べる。







シェルパシチュー







朝のお茶: 7:30 
朝食: 8:15
出発: 10:00 Mong La ( 4150m )
到着: 11:00 Khumjung ( 3780m )
ランチ:12:00
夕食:18:00

泊った宿:Danfe Lodge

注
(1)Government of Nepal Ministry of Culture, Tourism & Civil Aviation
「TABLE 11: TOURIST ARRIVAL BY MAJOR NATIONALITIES, 2001-2012」June, 2013 http://www.tourism.gov.np/uploaded/TourrismStat2012.pdf 閲覧日:2014年2月3日


(2)UK Boarder Agency「Settlement for Gurkhas」 http://www.ukba.homeoffice.gov.uk/visas-immigration/settlement/applicationtypes/gurkhas/ 閲覧日:2014年2月3日