1月1日
Phortse ( 3830m ) - Dhole ( 4200m )
そういえばお正月
昨日の大みそか感はゼロ。今日のお正月感もゼロ。Keikoさんに言われるまで、ニューイヤーってことを忘れていた。
ネパールトレッキング中は、クリスマス、大みそか、お正月感は、ほとんど皆無。シェルパ族にとって、3月のお祭りが一番大切だということだ。
私たちが唯一感じたクリスマスは、スーツ二人組が25日に被っていたサンタさんの帽子だけである。
1月1日の朝7時から、このロッジの新しい建物の工事作業がされている。
イギリスでは、お正月よりもクリスマスの方が重要であるが、まあニューイヤーもそこそこかまってあげている。ネパールでは、お正月もクリスマスも完全無視である。もちろんカトマンドゥなどでは、また状況は違うと思うが、ここら辺では特に何もない。クリスマスとニューイヤーの存在自体が、この界隈では認識されていない雰囲気である。
さて、今日は、ちょろっと歩くだけである。午前中には、おそらく目的地のドーレに到着するだろうということだ。数日前の気合は、すっかりどこかに消え失せ、だらだらモードである。
まずポルチェタンガの村まで一気に下る。それから登りが始まる。ここら辺の道も山肌に作られた快適な道である。そしてたくさんの川、滝が、完全に凍結している。
それにしても、本当にいい天気である。まだ一回も雨に降られていない。いくら乾季であっても、これはラッキーなんじゃないのって、毎日喜ぶ。喜びは、多い方がいい。たくさん幸せになれる。
先に進むにつれて、ポルチェの村がどんどん遠くに見えていく。ロッジのオーナーに会えたことも含めて、なんだかとっても気に行った村となる。しかし、ポルチェは、それほどメジャーなトレッキングツアーには含まれないということだ。私たちみたいに、カラパタールからゴーキョに行くツアーには、通過するが、カラパタール、エベレストベースキャンプ方面のみのツアーの場合には、それほど含まれないようである。こんなにいい村なのに、もったいない。
ちょうどお昼頃に、ドーレに到着する。
Yeti Lodgeという。イエティとは、雪男のことである。このロッジは、最近新しい棟を建設したらしく、私たちは、新しい棟に宿泊した。トレッキング中にしたほとんどのロッジの窓にはサッシがなく、ベニヤ板でつぎはぎされて建物が作られている場合が多いが、ここの窓にはサッシがあった。さすが新しい建物は、きれいだ。
午後はドーレで自由時間である。いつも通りおいしいランチをいただいてから、太陽の光がさんさんと降り注いでいる部屋で、大爆睡してしまう。最高の眠りであった。
ちなみに、トレッキング中は、大体夜8時か9時頃に、ベットに入り、6時半から7時ぐらいにカルマジーが朝のお茶を持ってきてくれる。なんと、毎日9時間とか10時間も寝ているのである。加えて、今日は昼寝までしてしまった。どう考えても寝すぎである。しかし、いいのだ。時間もあるし、体も求めているみたいだし。つい数日前に、ちょっとがんばったから、これくらいだらけてもいいだろう。といつも何らかの理由をつけて、自分を正当化させる。
本当は2時半に起きて、それから散歩に行こうとKeikoさんと話していた。2時半に目覚ましをセットしていたのであるが、3時半にKeikoさんに
「散歩どうする?」
と聞かれて、やっと目が覚めた。
寝過ぎてしまった。私の腕時計の眼ざましは、それほど強力ではないので、ついつい無視しがちである。
それからドーレの村を散歩する。ここは、ただロッジが点在するだけの、小さな集落といった感じである。遠くに見えるポルチェの村とその奥に見える山がほんとに素敵である。ちょっとでてきた雲もいい感じである。そういえば、雲を見るのも久しぶりのような気がする。
こんなとこで、おいしいもの食べて、昼寝して、本当に幸せだなあって思う。もし仕事してたら、この喜びはさらに大きいものとなるはずだ。だから、やっぱり登山は、ハードな仕事をしている息抜きできた方が、その喜びは大きい。登山の喜びを大きくするために、そのうち社会復帰をしなくてはならない。
ところで、他のみんなは、この午後に、自分達の服の洗濯に専心していた。太陽がでている間は、よかったのであるが、太陽がかげり、気温がマイナスになると、洗濯物も凍ってしまった。
凍った洗濯物、つまり干したそのままで固まっている洗濯物を持ってきて、ストーブの前でとかしている?乾かしている?様子がかなりおかしい。
ドバイで働く南インド人
今日も、宿泊客は私たちだけかなあなんて、話しているぐらいに、誰かが宿に到着した。どうやら、彼はポーターであり、後から自分の客が来ることをこの宿に伝えたようである。インド人という。ふーーん。インド人で、ゴーキョのトレッキングなんて、珍しいなあと思う。
私が部屋に戻っている間に、その人は到着していた。
その人は、今日の早朝に、ゴーキョピークに登ってきたという。そして、もうここドーレまで下ってきている。結構な距離と高度なので、かなり疲労しているはずだ。けれどもゴーキョピークに登って、あるものを達成したって感じで、すがすがしい。
そして、彼のデジカメの写真を見せてもらっていた。めちゃくちゃ天気がよく、ものすごくきれいである。ものすごい枚数だったのは、彼が頂上に2時間ぐらい滞在していたからだということだった。それに日本人も一緒に写真に写っていた。
彼によると、その日本人は横浜の先生たちという。「初日の出をゴーキョで迎えたんだ。いいなあ。」と思う。
彼の写真にかなり楽しませてもらい、ゴーキョピークへの期待が高まる。
ディナーが終わってからも、まだ寒いので、みんなストーブの周りから離れることはない。インド人との長いおしゃべりが始まった。
彼は、南インド出身のインド人であるが、現在はドバイで働いている。そして、驚くほど日本のことを知っていた。しかし、恥ずかしいことに、私は、南インドが他の地域と違うことや、ドバイにはたくさんのインド人が働いていることなど、全く何も知らなかった。あまりの無知さで、申し訳なく思う。
それにしても、彼と話をしていて、一番衝撃的だったのは、「日本では、ビジネスの時にも日本語を使っている。」と言った時の彼の驚きようである。
ビジネスの時に、英語を使うのではなく、日本語を使うなんて、信じられないという感じである。
日本で、日本語を使うことは、まあ当たり前なのであるが、ドバイという国際都市で働いているインド人にとってみれば、ビジネス上の共通語とは、英語なのであろう。そして、それを使わないことにより、発生するいろんな障害、不便さを知っているから、そんな反応がでてくるのであろう。
ここ最近、日本の一部の企業で、グローバル化の一環として、英語が社内公用語となっているようである。その動きは然るべきことだと私は思う。日本が本当に国際化したいのであれば、社内の書類、メール、サイトを早急に英語化すべきだと常々思っていた。そして、本当に国際化したいなら、社員の意識改革から取り組まなくてはならない。そうそう、日本のよさも残しながらってのも、忘れないようにしないといけない。国際化って言ったって、日本を捨てることではない。誤った国際化が一番いけない。
もう日本だけで生きている企業ってのは、少ないはずなので、どうしても海外にいる人たちの協力が必要だ。そうなるとどうしてもいろんな情報共有が必要なのである。もし社内の全ての情報がすぐ英語であるのなら、いろんなことがかなりスピーディーに行われる。日本国内しか必要じゃないと思われている情報だって、はじめっから英語で作成しておけば、いざ海外で必要になったって時に、それをすぐ転送できる。会議だって、現地の人含めて英語でやった方がよっぽど効率的だ。
別に国際化したくないんだったら、そのままでいいと思うけど・・・。
話が違う方に行ってしまったが、彼のあの衝撃の受け方は、とても興味深かった。ちなみに、特殊な学校とか特別な授業は英語だけど、教育も普通は日本語だけと言ったら、やっぱりびっくりしてた。
彼は、日本の企業にもとても興味を持っており、様々な日系企業のことを知っていた。最近、日本を忘れた方向性の間違えた国際化をしようとしている企業もそこそこあるので、それらはよくないと話していると、
「そんなに、日本が好きなんだ。」
って言われた。そうか、私は日本が好きなんだと改めて気がついた。
おまけに、日本の会社のトップには、女性がいないとか在日韓国人の問題や部落の問題のことも知っていた。いったいどうやって、これらの日本の知識を得たのであろうか?
それから、たまにカルマジーが会話に入ってくる。その時には、カルマジーはインド人に対して、ヒンドゥー語を使うのだ。カルマジーは、日本語を使う時には、とっても礼儀正しい感じがするのに、ヒンドゥー語の時には、なんだか偉そうな感じがする。使う言語によって、性格がかわるのか。
そうそう、カルマジーはよくインド人客とカイラスという山の巡礼ツアーにも行っているという。カイラスって山は、ヒンドゥー教の聖地のようである。だから、ヒンドゥー語もできるし、インド人扱いも慣れているのだろう。
そのためカルマジーは、インド料理も作れるという。リクエストしたが、材料がないということで却下される。カルマジーのインド料理も食べたみたい。おいしいに違いないのだ。
そのインド人曰く、イギリスのインド料理は、「Not Indian Food」 ということである。特に南インド料理は、野菜中心で、イギリスにあるインド料理とは全く違うと豪語していた。いつか、彼が南インド料理だと、認定する南インド料理を食べてみたい。話を聞いた感じでは、南インド料理は、私が好きなタイプの料理っぽい。
あーあ、それにしても、何でみんなこんなにいろんな言語が話せるのだろう。語学に関しては、ますます自己嫌悪に陥るのだ・・・・・。
凍った滝
山とポルチェの村
朝のお茶: 7:00
朝食: 8:00
出発: 9:00 Phortse ( 3830m )
到着: 12:00 Dhole ( 4200m )
ランチ:12:00
夕食: 18:00
泊った宿:Yeti Lodge
Phortse ( 3830m ) - Dhole ( 4200m )
そういえばお正月
昨日の大みそか感はゼロ。今日のお正月感もゼロ。Keikoさんに言われるまで、ニューイヤーってことを忘れていた。
ネパールトレッキング中は、クリスマス、大みそか、お正月感は、ほとんど皆無。シェルパ族にとって、3月のお祭りが一番大切だということだ。
私たちが唯一感じたクリスマスは、スーツ二人組が25日に被っていたサンタさんの帽子だけである。
1月1日の朝7時から、このロッジの新しい建物の工事作業がされている。
イギリスでは、お正月よりもクリスマスの方が重要であるが、まあニューイヤーもそこそこかまってあげている。ネパールでは、お正月もクリスマスも完全無視である。もちろんカトマンドゥなどでは、また状況は違うと思うが、ここら辺では特に何もない。クリスマスとニューイヤーの存在自体が、この界隈では認識されていない雰囲気である。
さて、今日は、ちょろっと歩くだけである。午前中には、おそらく目的地のドーレに到着するだろうということだ。数日前の気合は、すっかりどこかに消え失せ、だらだらモードである。
まずポルチェタンガの村まで一気に下る。それから登りが始まる。ここら辺の道も山肌に作られた快適な道である。そしてたくさんの川、滝が、完全に凍結している。
それにしても、本当にいい天気である。まだ一回も雨に降られていない。いくら乾季であっても、これはラッキーなんじゃないのって、毎日喜ぶ。喜びは、多い方がいい。たくさん幸せになれる。
先に進むにつれて、ポルチェの村がどんどん遠くに見えていく。ロッジのオーナーに会えたことも含めて、なんだかとっても気に行った村となる。しかし、ポルチェは、それほどメジャーなトレッキングツアーには含まれないということだ。私たちみたいに、カラパタールからゴーキョに行くツアーには、通過するが、カラパタール、エベレストベースキャンプ方面のみのツアーの場合には、それほど含まれないようである。こんなにいい村なのに、もったいない。
ちょうどお昼頃に、ドーレに到着する。
Yeti Lodgeという。イエティとは、雪男のことである。このロッジは、最近新しい棟を建設したらしく、私たちは、新しい棟に宿泊した。トレッキング中にしたほとんどのロッジの窓にはサッシがなく、ベニヤ板でつぎはぎされて建物が作られている場合が多いが、ここの窓にはサッシがあった。さすが新しい建物は、きれいだ。
午後はドーレで自由時間である。いつも通りおいしいランチをいただいてから、太陽の光がさんさんと降り注いでいる部屋で、大爆睡してしまう。最高の眠りであった。
ちなみに、トレッキング中は、大体夜8時か9時頃に、ベットに入り、6時半から7時ぐらいにカルマジーが朝のお茶を持ってきてくれる。なんと、毎日9時間とか10時間も寝ているのである。加えて、今日は昼寝までしてしまった。どう考えても寝すぎである。しかし、いいのだ。時間もあるし、体も求めているみたいだし。つい数日前に、ちょっとがんばったから、これくらいだらけてもいいだろう。といつも何らかの理由をつけて、自分を正当化させる。
本当は2時半に起きて、それから散歩に行こうとKeikoさんと話していた。2時半に目覚ましをセットしていたのであるが、3時半にKeikoさんに
「散歩どうする?」
と聞かれて、やっと目が覚めた。
寝過ぎてしまった。私の腕時計の眼ざましは、それほど強力ではないので、ついつい無視しがちである。
それからドーレの村を散歩する。ここは、ただロッジが点在するだけの、小さな集落といった感じである。遠くに見えるポルチェの村とその奥に見える山がほんとに素敵である。ちょっとでてきた雲もいい感じである。そういえば、雲を見るのも久しぶりのような気がする。
こんなとこで、おいしいもの食べて、昼寝して、本当に幸せだなあって思う。もし仕事してたら、この喜びはさらに大きいものとなるはずだ。だから、やっぱり登山は、ハードな仕事をしている息抜きできた方が、その喜びは大きい。登山の喜びを大きくするために、そのうち社会復帰をしなくてはならない。
ところで、他のみんなは、この午後に、自分達の服の洗濯に専心していた。太陽がでている間は、よかったのであるが、太陽がかげり、気温がマイナスになると、洗濯物も凍ってしまった。
凍った洗濯物、つまり干したそのままで固まっている洗濯物を持ってきて、ストーブの前でとかしている?乾かしている?様子がかなりおかしい。
ドバイで働く南インド人
今日も、宿泊客は私たちだけかなあなんて、話しているぐらいに、誰かが宿に到着した。どうやら、彼はポーターであり、後から自分の客が来ることをこの宿に伝えたようである。インド人という。ふーーん。インド人で、ゴーキョのトレッキングなんて、珍しいなあと思う。
私が部屋に戻っている間に、その人は到着していた。
その人は、今日の早朝に、ゴーキョピークに登ってきたという。そして、もうここドーレまで下ってきている。結構な距離と高度なので、かなり疲労しているはずだ。けれどもゴーキョピークに登って、あるものを達成したって感じで、すがすがしい。
そして、彼のデジカメの写真を見せてもらっていた。めちゃくちゃ天気がよく、ものすごくきれいである。ものすごい枚数だったのは、彼が頂上に2時間ぐらい滞在していたからだということだった。それに日本人も一緒に写真に写っていた。
彼によると、その日本人は横浜の先生たちという。「初日の出をゴーキョで迎えたんだ。いいなあ。」と思う。
彼の写真にかなり楽しませてもらい、ゴーキョピークへの期待が高まる。
ディナーが終わってからも、まだ寒いので、みんなストーブの周りから離れることはない。インド人との長いおしゃべりが始まった。
彼は、南インド出身のインド人であるが、現在はドバイで働いている。そして、驚くほど日本のことを知っていた。しかし、恥ずかしいことに、私は、南インドが他の地域と違うことや、ドバイにはたくさんのインド人が働いていることなど、全く何も知らなかった。あまりの無知さで、申し訳なく思う。
それにしても、彼と話をしていて、一番衝撃的だったのは、「日本では、ビジネスの時にも日本語を使っている。」と言った時の彼の驚きようである。
ビジネスの時に、英語を使うのではなく、日本語を使うなんて、信じられないという感じである。
日本で、日本語を使うことは、まあ当たり前なのであるが、ドバイという国際都市で働いているインド人にとってみれば、ビジネス上の共通語とは、英語なのであろう。そして、それを使わないことにより、発生するいろんな障害、不便さを知っているから、そんな反応がでてくるのであろう。
ここ最近、日本の一部の企業で、グローバル化の一環として、英語が社内公用語となっているようである。その動きは然るべきことだと私は思う。日本が本当に国際化したいのであれば、社内の書類、メール、サイトを早急に英語化すべきだと常々思っていた。そして、本当に国際化したいなら、社員の意識改革から取り組まなくてはならない。そうそう、日本のよさも残しながらってのも、忘れないようにしないといけない。国際化って言ったって、日本を捨てることではない。誤った国際化が一番いけない。
もう日本だけで生きている企業ってのは、少ないはずなので、どうしても海外にいる人たちの協力が必要だ。そうなるとどうしてもいろんな情報共有が必要なのである。もし社内の全ての情報がすぐ英語であるのなら、いろんなことがかなりスピーディーに行われる。日本国内しか必要じゃないと思われている情報だって、はじめっから英語で作成しておけば、いざ海外で必要になったって時に、それをすぐ転送できる。会議だって、現地の人含めて英語でやった方がよっぽど効率的だ。
別に国際化したくないんだったら、そのままでいいと思うけど・・・。
話が違う方に行ってしまったが、彼のあの衝撃の受け方は、とても興味深かった。ちなみに、特殊な学校とか特別な授業は英語だけど、教育も普通は日本語だけと言ったら、やっぱりびっくりしてた。
彼は、日本の企業にもとても興味を持っており、様々な日系企業のことを知っていた。最近、日本を忘れた方向性の間違えた国際化をしようとしている企業もそこそこあるので、それらはよくないと話していると、
「そんなに、日本が好きなんだ。」
って言われた。そうか、私は日本が好きなんだと改めて気がついた。
おまけに、日本の会社のトップには、女性がいないとか在日韓国人の問題や部落の問題のことも知っていた。いったいどうやって、これらの日本の知識を得たのであろうか?
それから、たまにカルマジーが会話に入ってくる。その時には、カルマジーはインド人に対して、ヒンドゥー語を使うのだ。カルマジーは、日本語を使う時には、とっても礼儀正しい感じがするのに、ヒンドゥー語の時には、なんだか偉そうな感じがする。使う言語によって、性格がかわるのか。
そうそう、カルマジーはよくインド人客とカイラスという山の巡礼ツアーにも行っているという。カイラスって山は、ヒンドゥー教の聖地のようである。だから、ヒンドゥー語もできるし、インド人扱いも慣れているのだろう。
そのためカルマジーは、インド料理も作れるという。リクエストしたが、材料がないということで却下される。カルマジーのインド料理も食べたみたい。おいしいに違いないのだ。
そのインド人曰く、イギリスのインド料理は、「Not Indian Food」 ということである。特に南インド料理は、野菜中心で、イギリスにあるインド料理とは全く違うと豪語していた。いつか、彼が南インド料理だと、認定する南インド料理を食べてみたい。話を聞いた感じでは、南インド料理は、私が好きなタイプの料理っぽい。
あーあ、それにしても、何でみんなこんなにいろんな言語が話せるのだろう。語学に関しては、ますます自己嫌悪に陥るのだ・・・・・。
凍った滝
山とポルチェの村
朝のお茶: 7:00
朝食: 8:00
出発: 9:00 Phortse ( 3830m )
到着: 12:00 Dhole ( 4200m )
ランチ:12:00
夕食: 18:00
泊った宿:Yeti Lodge

