12月30日

Gorakshep ( 5140m ) - Kala Patthar ( 5550m ) - Grakshep ( 5140m ) - Lobuche ( 4910m ) - Thukla ( 4620m ) - Pheriche ( 4240m )

カラパタール

さて、今日が、前半戦のクライマックスの日である。早朝に、カラパタールに登頂、それからペリチェという村まで行くのだ。ペリチェとは、トゥクラに行く途中に、下に見えた村である。

Keikoさんがいないため、いろんな面で緊張している。朝もKeikoさんと一緒の時は、目覚ましが鳴ってても、無視したりしていたが、今日は4:45に腕時計の目覚ましをかけて、カルマジーが5:00に部屋にくる前にきちんと起きた。

朝食は、トーストにピーナツバターをどっちゃり塗って、いただいた。おまけに甘みが少ないタイプのピーナツバターだったので、結構な砂糖もふりかけてみた。これが今日の私のパワーになるのだ。まだこんなに食欲がある。

私が、トーストを食べていても、カルマジーとサンギーは、食べる気配がない。どうやら、彼らは何も食べないで出発する予定だったらしいので、私がカトマンドゥで買ったマウンテンバーを渡してみた。彼らにとってカラパタールとは、本当に朝飯前なのかもしれない。

なんだかんだで、出発したのは6時半くらいだった。うす暗いが、ヘッドランプは必要ない程度である。カルマジーは手ぶらで、ちょっとそこまで散歩にでも行く雰囲気だし、サンギーは気づいたら私のザックを背負ってる。

「人にザックを持ってもらっての登頂か・・・。」

と思うが、人の好意はありがたく、受けとめることにした。

まだ太陽がでてきないため、かなり寒い。寒いことを予想して、靴下を2枚履き、上下ダウンを来て、マスク兼マフラーをし、ゴーグルまで念のため毛糸の帽子の上に着けていた。

しかしながら、いろんなところがアンバランスだった。こんなに厚着したのに、なぜか手袋はフリースの薄いのを1枚していただけであり、手がかなり冷たくなる。大きな手袋はサンギーに背負われているザックの中なのであるが、寒さでザックを漁る気力がない。

ダウンのズボンは、歩く時の邪魔になった。下半身は足以外はそれほど寒くないので、ダウンのズボンは余計であった。しかし、足は、靴下2枚重ねでも冷たく、自分の足ではないようであった。一歩一歩がなんだかロボットが歩いている感じなのだ。

それにしても寒い。

しかし、昨日のうちにゴラクシェプまで来ていて本当によかったと思う。当初の予定では、私たちはロブチェからカラパタールを早朝に目指す予定であった。その場合は、ロブチェをかなり早い時間に出発し、1日でゴラクシェプ経由してカラパタール登頂、そしてまたロブチェに戻るのだ。

これは、かなりつらいスケジュールである。このスケジュールであれば、キリマンジャロ並みに、きついと思われる。私はゴラクシェプからカラパタールに向けて出発できたので、ロブチェ出発に比べると、かなり楽にカラパタールに登頂できたのだ。これは、途中でトゥクラ宿泊をしたために、ルートが私にとって有利に調整されたのだ。とてもありがたかった。

聞いていた通り、

「カラパタールは、見えるけどなかなか着かない。」

まさに、その通りであった。出発時からカラパタール頂上は見えているのに、到着しないのだ。登っているにつれて、太陽があがってくる。しかし、寒い。登頂前には写真は撮ってはいけない気がして、頂上までは写真を撮らないことにした。本当にトロトロと歩いた。カルマジーとサンギーの本気の1/10ぐらいのスピードだったろうが、根気強く一緒に登ってくれた。

そして、たぶん本日の2番目のグループとして、登頂した。(これは、決して私が、速く登れたからではなく、ただ単に出発時間が早かったからである。)

「1つ目の目標達成だ。次はゴーキョピークだ。」

とゴーキョのことを考える。

カルマジーは、私たちが出発した時間を正確に覚えていて、登りにかかった時間を教えてくれる。(確か1時間45分くらいだった気がする。)おもしろいのだが、シェルパ同士で、自分の客は何時間かかったとかそんな話をしているらしいのだ。

山頂は、とにかく寒かった。すばらしい景色よりも、寒かった記憶しかないのだ。後で、どんなだった?と聞かれても、寒いくらいしか思い出せなかった。写真を見て、「そういえばこんな景色だったかも。」となんとなく思いだす。

3人で写真を撮ったり、最低限のことをして、そうそうに下ることにする。あれは、マイナス何度ぐらいだったのだろうか。

ザックを私に渡したサンギーは、ロッジに向けて爆走していった。たぶん彼は、トレイルランの大会とかに出たら優勝とかしてしまうのではないかと思う。それくらい、今までに見たことのない走りをした子であった。

後で、エベレストマラソンに出るべきだとサンギーに言うと、エベレストマラソン優勝者はエベレストベースキャンプからナムチェまで大体3時間半であるが、僕は4時間半かかると言っていた。ということは、上には上がいるものなのだ。彼よりもどうやって早く走るのだろうか。信じられない。

下る際には、たくさんの登ってくる人たちとすれ違う。早朝に出発したのは、私たちの前のグループとあのイギリス人グループのうちの4人だけだったみたいだ。まあ早朝といっても6時半程度であるが。

ちなみに、あのイギリス人グループ14人のうち、カラパタールに登頂したのは、わずかその4名だけということであった。イギリス人の良くいうとあきらめのよいところ、悪く言うと根性なしの部分を非常に露呈している。

さて、ゴラクシェプに戻ってきてからは、朝ごはんである。そう、私はまた食べるのである。しっかりトゥクパ(チベットの麺料理)をおいしくいただいた。どう考えても、ゴラクシェプに来てから食べ過ぎである。
けど酸素も少ないから、いつもより体力つかうし。たぶん。と自分を正当化する。

そして、今日の目的地ペリチェに向かって出発である。

昨日、登ってきた道をそのまま下って行く。けれども行きで見る景色と帰りで見る景色って違うのだ。晴れ晴れした気持ちで、ずんずん先に進む。そして、お昼ぐらいに、昨日シェルパシチューをおかわりしたロッジに到着した。

さすがにさきほどトゥクパを食べたばかりで、それほどお腹が空いていなかった。それなので、みんなと同じメニューにしてもらい、私の分を少なくしてもらった。それにしてもここの卵チャーハンもかなりおいしかった。毎日、毎回ご飯がおいしいって本当に幸せだ。

それから、またずんずん下って行き、トゥクラを経由して、ペリチェに向かう。そして、ペリチェの村が遠方に見えた。あと少しか!と思い、カルマジーと一緒に歩くのであるが、ペリチェの村は見えるのに、なかなか到着しない。おまけに、ここは谷間にあるので、しばらく山影となっているところを歩く。それなので、寒くて仕方ない。ついでに風も強くなってきた。

このペリチェまでの平らな道が、本当に長かった。

加えて、寒さと風。この19日のトレッキングで、一番きつかったのが、この平らなペリチェまでの道だった気がする。けど、このぼろぼろになりながら、自分の限界に近づきながら、がんばるって結構好きなのだ。ぼろぼろ、どろどろに疲れれば疲れるほど、ご褒美がありがたく感じるからだ。いつもの山のご褒美はビールかワインだが、今回はビールは飲むなと言われている。それなので、今日のご褒美はダルバート(ネパールの定食)だ。

それに今回のトレッキングは、かなりゆっくりだったので、自分の限界ぎりぎりになることはそれほどなかった。その中でも、この日は、結構自分の限界に近づいた日だったので、苦しかったけどかなり楽しかったのだ。

この道では、毛糸の帽子の上からかっぱの帽子をきつく締め、サングラスをして、ガーゼマフラーを顔にぐるぐる巻きにし、いつにも増して怪しい格好で歩く。

お腹もすいてきたので、カルマジーに

「おなかすいた。」

とダダをこねる。

そして、やっとペリチェの村に到着した!

英語が流暢ではない

サンギーが先に到着して、宿を見つけておいてくれた。今日の宿は、一人だけかもと言われるが、後から韓国人団体がどやどやとやってきた。

この韓国人団体とは、今まで出会ってきた韓国人団体と少々異なり、結構若い人たちであった。それに、団体ではあるが、コックは帯同しておらず、ロッジのメニューから食事を選んでいた。

寒いので食堂に行き、いつもの甘いミルクティーを飲み、ネパールのココナッツクッキーをばりばり食べていても、非常にくつろげない。10人ぐらいの韓国人と韓国人のシェルパたち、それと私とカルマジーとサンギー。明らかに私は、その状況から浮いている存在だった。おまけにその韓国人グループの人たちは、誰一人として、私に話しかけようとしない。私の存在が、あそこでは認められてない感じだ。

そして、Keikoさんがとても恋しくなる。

寂しいので、ロッジにいたかわいい子犬を見たりして、時間をつぶしていいると、

「おお!元気か?」

と新たに到着した西洋人が話しかけてきた。

「きみのこと知ってるよ。」

けど私は、あんたのこと知らないとは口にはしない。

「ナムチェで会ったよ。中国人と話してたでしょ。」

とその人は言った。

うんうん。ナムチェであの中国人カップルと会話はしてたかも。

とにかく、あの韓国人濃度が高い中で、話し相手ができた。

そして、その彼はなんと、さっき私の友達と会ったという。Keikoさんである!彼は、ペリチェに来る前にパンボチェでランチをしたという。その時に、Keikoさんと会い、話をしたというのだ。そして、今日は元気だったということだ。

なんてことだろう。人づてに、Keikoさんの消息を知ることができるなんて。

それに、彼はあの中国人カップルのことも知っているみたいだ。彼らの消息も伝えてあげなくてはならない。

よくよく話をしていると、どうやら私たちは同じフライトで来たようだ。中国人カップルと同じフライトと言っていたので、間違いない。そして、あの中国人カップルが英語もできずに、ガイドも雇わずに歩いていることを知っていた。彼なりに、あの中国人カップルのことを心配していたらしい。

それなので、タンボチェで、私たちのポーターを横とりしようとしたことや、結局ロッジでポーターの手配をしてもらったことなどを話した。

それにしても、なんだか不思議である。世界が狭いような、広いような、よくわからない。

それから、彼はイタリア人というので、イタリアのアルプス情報を聞いていた。スイスに比べてイタリアは情報がそれほどないから、わからんと愚痴を言ったりしていた。それから、イギリスに住んでいることを伝えると、

「きみは何年イギリスにいるの?」

と聞かれ

「もう7年くらいになる。」

と答えると、

「なんで、きみの英語はそんなに流暢ではないの?」

「・・・・・・・・・。」

「会社には、日本人しかいないの?」

と追い打ちをかける質問と、自分はアメリカで英語浸けの生活を8年間したんだみたいなことを話している。

なんて、失礼なやつと思いながら、

「私の英語は、下手でわからないってこと?」

と少々きれ気味に話してみると、やっと私が気分を害したことを悟ったらしい。あたふたと取り繕っている。どうやら、思ったことをすぐ口に出してしまう人なのだろう。

それにしても、やっぱり私の英語は、そんなにへたっぴなんだと、かなりどよーんと落ち込んでみる。

そんな中で、そのイタリア人があるものをポケットから出しだ。

その取り出した袋には、なんと

「Matcha」

と書いてある。

よくよく話してみると、なんとそのイタリア人は、日本にも7か月ほど調査かなんかでいたことがあるという。なーんだ。

その袋は、抹茶の粉が入っているらしかった。どうやら彼は、その抹茶が体にいいと信じているらしかった。その粉をお湯に溶いて飲んでいた。

私も、それと近くにいたカルマジーもその抹茶を溶かしたお湯を飲んでみた。

「うーーーーん。甘いものが一緒の方がいい。」

との私の感想。

「・・・・・・・。」

カルマジーは、結局その抹茶を飲むことができずに、吐き出したと後で教えてもらった。

そうだろうな。ネパールの甘いティーが、お茶の標準レベルだと、あの抹茶を溶かしたお湯なんて、飲めたものじゃないだろう。

そういえば、イギリス人の元同僚は、日本茶のことを、「池の水」と言っていた。

多少気分は害したが、あのイタリア人のおかげで、あの寂しい状態からは脱することができ、そこそこ楽しく過ごせた。彼に感謝しなくてはならない。




カラパタール山頂 寒い記憶しか残っていない。天使がいたのを写真で見て初めて気づいた。それにしても空の青さがすごい。





プモリ 私が完璧に名前を覚えた数少ない山の一つ





なかなか着かないペリチェの村




起床:4:45
朝食: 6:00
出発: 6:30 Gorakshep ( 5140m )
ランチ:12:00 Lobche ( 4910m )
到着: 15:00 Pheriche ( 4240m )
夕食: 18:00

泊った宿:Kailash Lodge