いつの頃からか、すばるは猫私が食事をしている間、こうして見ていることに気が付きました。
すばるの猫視線の先には、私がいます。
これは拡大したので、実際には、もう少し離れています。
いつもは、もっと真ん中に寝るはずのすばる猫
じっと見ています目
眠いから、目はバッチリと開けていられないらしい(笑)
寝りゃいいのに爆  笑
下矢印

 
 
ちょっと寝てみたりして(笑)
下矢印
 
 
私が傍に行くまで、この場所にいます。
本来は、この横の茶色いブランケットの上で寝ます猫
やっとソファに座ると、当然ですが膝に乗ってきます。
そして、ちょっとオヤツを3粒くらいもらって(それが目的か)寝てしまいます。
起きるまで起こせないので、飼い主もソファで寝てしまうという悪循環。
どうにかならんのかね~~滝汗
下矢印
猫は賢い、とつくづく思う。
 
 
 
 
FC2ブログからAmebaブログに来てから、幾つもの興味深いブログに辿りつきましたが、この方を忘れることはないでしょう。
 
京都の嵐山にある美容室のオーナーの奥さま。
お元気な頃は、ご本人も施術なさっていたような。
mikaさん。
中居くんが司会する「終活」(これもフジだったか?)に出られたのも観た。
2009年に乳がん末期の宣告。
命の期限の宣告。
 
各種の治療は拒否して2025年2月までmikaさんらしく生き抜いた人。
彼女が発信するものには悲壮感はない。
むしろ、人生を楽しむという姿勢が見える。
3匹の愛猫を看取った時も、彼女から感じる悲壮感はなかった。
生と死を、当たり前に受け入れているのだなと思った。
人も動物も、生まれたら最後のゴールは同じ。
それは、当たり前のことだと知らされる。
ただ、どう生きるかを、彼女は身をもって教えてくれた。
お仕着せではない。
こういう生き方も選択肢としてはあるよという感じ。
 
一つの怒りや悲しみに捕らわれる人生は勿体ない。
と、私も思う。
そういう感情に支配されそうなときは、勿体ないからやめようと思う。
 
それでも、mikaさんのように、潔くは生きられない。
同じ宣告をされたら、ただただあたふたするだけだ。
 
無治療ということの選択が、そうそう楽ではないことも知る。
痛みを自分でコントロールする。
潰れていく患部は、私なら正視できない。
むき出しになる癌の固まり。
自分で手当てして、ちゃんと毎日お風呂にも入る。
やがて、肺に水が溜まり歩くことも難しくなる。
それでも、彼女は、限界を読んで動く。
ここが凄いなと思う。
やりたいこと、見たいもの、行きたいところ、自分の身体に合わせて実現させた。
 
断捨離。
夫との関係を変えていくこと。
死後、困ることが無いようにと。
籍はそのままらしいけど、妻としての役目は返上したみたい。
今、逝っても思い残すことはないと言っていたMikaさん。
 
治療をしない選択で息子さんと気持ちが行き違い、自立して家を出て行った一人息子さん。
そのご絶縁状態に。
お父さんとも、いろいろあったみたいだけれども。
 
そもそも毒母に育てられたからなのか、「家族」という集合体に重きを置いていないように思えます。
子供を責任もって育てたら、その後は、本人にお任せという姿勢だったかな。
元気で生きていたらそれでいいと。
あくまでも個人なんですよね。
 
個人としてどう生きるか。
それは配偶者も子供も親も介入できない。
息子さんとは絶縁のまま、らしい。
親だから子供に会いたいだろうなあと思うのは、子供大事な人の視線だよね。
逆もある。
夫や妻が一番の人もいる。
mikaさんは、あっぱれなまでに自分の人生を生きたと思う。
悔いてはいないと思う。
 
いいなあ。
私には出来ない生き方だわと思う。
 
一度もコメントすらしたことのないブロガーさんだったけど、大好きだったよ。
旦那さまから、亡くなったことの報告があったとき、とても悲しかったし、まるで知り合いが逝ってしまった感覚に陥った。
もういないんだ。。。
あの、爽やかに綴られていた記事を読むことはないんだと思って寂しくなりました。
mikaさん、覗いてみることが楽しみとまで言っていた、その後の世界を楽しんでいると思う。
 
mikaさん、お疲れさまでした。
心安らかに天にありますように。
 
 
 
https://hama-sush-jp.pro/3bikinoneko-y

 

 

 
 

息子さんのことを書いた記事の中にあった一文。

その通りだと思う。

下矢印

 
それでも生きてるって面白い
 
きっと
一人であっても楽しいよ
 
だってね
思考は自分のものだから
 
悲しくするのも
寂しくするのも
哀れに思うのも
不幸に思うのも
 
みーんな
自分の問題だからね