長いこと生きていると、何度もつまづく。
理不尽な仕打ちにあうこともある。
悲しいことや嬉しいこと。
腹が立つことや感動したこと。
嬉しことや感動することが多い方がいいに決まっている。
自分は、なんでいつも貧乏くじを引くんだろうとか、なんで自分ばかりと思う人も多い。
そんなとき、そこから脱出する方法を知っていますか?
 
珈琲ブレイクコーヒー
スタバファンは多いが、私は、同じシアトル系カフェでもタリーズやドトールが好き。
地元には、この他にもパン屋さんのも、サンドウィッチ・バーガーカフェもあるので、気分で選べるのはありがたい音譜

 

本題に戻ります。

珈琲とか紅茶とか、なんでも好きなものを淹れて続きをどうぞ。

 

小さい時から、理不尽だなと思う(そういう言葉は知らなかったけど)ことがあったとき、どういうわけか、そこから脱出する方法を知っていた。

だから、深く悩むことも泣くことも、そんなになかった。

(ほんとはあったのだろうけど、痛みは忘れる方)

 

これ以上ないと思うくらいの屈辱を味わった時も(今思うとたいしたことない)

どうやって気持ちと考えを切り替えるか、それだけを考えた。

なぜ、そんなことが出来たのか分からないので天性のものなのかも。

だから、誰にでも出来ないことは分かっている。

でも。

 

つまずいたとき。

そこに留まっていい。

留まって、360度の風景を見てみよう。

留まって地面だけ見ているのは一番ダメなこと。

道しるべとなる標識が、たぶん3っツくらいは見えると思う。

どこへ行くか。

答えが出るまで、そこに留まっていいと思う。

でも、いつも360度の風景を見ていることが条件だけど。

(焦って選んではダメ。結局、また戻って来るから)

そうしているうちに、答えは向こうからやってくる。

誰かの何気ない言葉だったり、誰かとの出会いだったり、本の中だったり、誰かがテレビで言っていたり。

私は、仕事をしているときは、電車の吊ビラのなかに答えを見つけることも多かったよ。

あ、な~んだ。

そうか、それでいいのねと思えた。

ある日、少し暖かくなった朝の通勤路に、そこだけ光を浴びたように見えた草の花があった。

その瞬間に霧が晴れたこともある。

 

答えが返ってくるのには条件がある。

360度の風景を見ていること、

答えは形でやってこないから、アンテナを張って受信可能な自分でいることが条件。

教えてくれるほうは、何かに乗じてメッセージを送って来るからね。

受け逃さないように、アンテナ、アンテナアップグッド!

 

試験に合格しなくても、就職がうまくいかなくても、それが終わりじゃないからね。

それは、「きっかけ」にしか過ぎないって、生きていたら分かるんだけどね。

 

誰かとケンカしたり失恋したり、まあ、ワタシみたいに離婚したり、愛する誰かを亡くしたり。

人生なんて、そんなことの連続。

幸せすぎて不安になると言う人だっているんだよ。

 

一番の不幸は、誰かを妬んだり、誰かを嫌いになったり、誰かを恨んだりすること。

そう思う原因は、向こうにあるって思っていませんか?

そういうこともあるかもしれない。

でも、日常的に起きるそういうことは、もしかしたら、自分が蒔いた種から生まれたものかもしれません。

そう思って、自分に非がないか考えてみる。

そうしているうちに、答えがみつかり、あれがダメだったのかも?と思うだけで、その相手との距離は狭まっているのだと思うよ。

やってみて。

もし、嫌いとか、批判したい相手がいるなら。

見つからないこともある。

ある。

そういう時は、その人から遠ざかる。

または、積極的に知ろうとすればよい。

または、その人は「いない」と思う。

つまり、否定的な気持ちから遠ざかることが、好転するきっかけになると思う。

 

そういう対象者がいる。

うまくいっていたことが頓挫した。

誰かに裏切られた。

あれやこれや。

 

それって、それが終了地点じゃない。

それって、通過点だから。

次に行くべきアナタの道の「道しるべ」にすぎないから。

この道で良かったかどうかなんて、この人生が終わるときにしか分からない。

だからね、私は「ぽっくり」なんて逝きたくない。

少し考える時間がほしいと思うのです。

 

人との出会いも、嫌なことや辛いことの経験も、すべてが私へのメッセージと思って生きて来た。

 

物事は、考え方次第で好転します。

本当に。

 

長い話に付き合ってくださってありがとうございます。

今日もいい日でありますようにドキドキ