大好きな女優さんでした。(今も大好きですニコニコ)

2020年、彼女の訃報のニュースを聞いた時には信じられない気持ちで、そんなこと有るはず無いでしょ!と(>o<)

 

 

今日は七回忌。

 

 

私が初めて“竹内結子”と言う名前を知ったのは、1998年の「あぶない刑事フォーエバー」というあぶ刑事のテレビスペシャル版。

アイドルタレント役でした。

その時も可愛かったけど、その翌年『世界ウルルン滞在記』というバラエティ番組に出演したときには、可愛さが神がかってました。

 

 

大好きな番組で毎週見てて、有名人が海外のお家に滞在して、そこで現地の人とともに過ごす、と言う番組。

パリやロンドンのような環境が整った所もあれば、アマゾンやアフリカなど、日本での生活からはかけ離れた自然の中での生活もあったし、言語が通じない中での現地の普通の人たちとの交流など、最後は涙のお別れ(帰国)と言う番組でした。

今や主役を張るような俳優さんも若い頃に出演されてる方も多数。

 

 

 

竹内さんはスイスアルプスの村に滞在。

 

その時の竹内さんがほんっとーに可愛いかった!!

女性の私でさえも惚れてしいまいそうなぐらい。

滞在先のお家にはまだ10代の男の子もいて、初対面の時にいきなり鼻血を出してしまう・・・と言うハプニングもあったり。

 

 

その後、出演作品も増えて2年後にもう一度そのお家を訪れた時、確か中居正広氏と共演した「白い影」の映像を滞在先のご家族に見せていたと思う。(明るいドラマじゃなかったから、もっと他のにすれば良かったのに(朝ドラ「あすか」とか)にとうっすら思っていた私あせる)

 

 

そこから先の彼女の活躍はあえて書くまでもないけど、この時の「世界ウルルン滞在記」は私の中では神回となっていて、もう一度見たいなと思っていてもなかなか再放送もなく、そしたら2~3年前かな、ケーブルテレビで最初と再訪の両方の回の再放送されていたのでもちろん保存版として録画しました。

 

ただ、なんとなく(勇気がなくて)見られてないんですが。

 

 

 

そしたら少し前、この時の『ウルルン滞在記』の事を書いてるネット記事を見つけました。

記事も彼女が亡くなった2020年当時のものなので、今見ると、記事内の年齢などの時差的な事はあるけれど、読んでてほんと番組が蘇ってくるかのよう。

 

 

 

 

 

 

竹内結子さん(享年40)が急死し、テレビ業界でも彼女を惜しむ声は多い。そんな中、彼女の原点は21年前に出演した「世界ウルルン滞在記」(TBS/毎日放送)だと指摘する関係者がいる。海外でホームステイするこの番組、演技ではなく、出演者の素顔が見られる。どんな内容だったのか。

 

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 竹内さんが芸能界入りしたきっかけは95年、高校に入学する直前に東京・原宿でスカウトされたことだった。同年、大蔵省(現・財務省)「国有宅地」のCMでデビューし、翌年にはドラマ「新・木曜の怪談」(フジテレビ)で女優デビュー。だが、もともと芸能界には全く興味がなく、当初はアルバイトに近い感覚だったという。

 

 民放幹部が懐かしむ。

 

「竹内さんが所属したスターダストプロモーションのマネージャーが、テレビ局に挨拶回りに来て、初めて彼女と顔を合わせました。98年、まだ18歳の時です。清楚だが、芯の強そうなイメージの子でした。当時、中谷美紀や常盤貴子が売れて、日の出の勢いだったスターダストの次のイチ押し女優でした。マネージャーは“何でも体当たりでやらせますんで!”なんて言っていましたね。その年の年末、彼女は『世界ウルルン滞在記』のロケでスイスに飛びます。その出来が素晴らしくて、今でも記憶に残っています。DVD化もされていないし、Wikipediaにも彼女の経歴として載っていないのが不思議なほど。あの番組こそ、彼女の原点ですね」

雪のアルプスでホームステイ

 竹内さんが出演した「世界ウルルン滞在記」は、99年2月21日に放送された「ソーセージがおいしい!冬のアルプスの村に…竹内結子が出会った」という回だ。

 

彼女が向かったのは真冬のスイス、ツァロン村。同国最大の都市チューリッヒから電車で3時間、バスで1時間、そこからさらに真っ白な山道を馬車で1時間半という片田舎だった。

 

 そこで酪農を営むブフリ家がホームステイ先だった。家族は、母・バーバラさん(51)を除くと、父・ヨハンさん(50)と4人の息子たち(長男と次男は、町に出て酪農の勉強中)という男ばかりの一家だった。

 

 彼女がドアをノックすると迎えに出たのが三男のルーカス君(19)。玄関前にたたずむ彼女をひと目見て、見とれてしまっているのがアリアリと分かる。

 

スイス人も惚れる

「竹内さんが美人なのは言うまでもありませんが、当時はまだまだ素朴であどけなさが残っていました。頬もまだふっくらしていて本当に可愛かったんです。スイス人が見ても同じなんだなと妙に感心したものです。このルーカス君がまたいい味を出していました」(同)

 

 彼が竹内さんをキッチンに案内して、家族を紹介。すると突然、ルーカス君の行動がおかしくなる。鼻に手を当て、テーブルから離れていく。

 

「いわゆる鼻血ブーというやつです。彼女の隣に座っていたら、いきなり鼻血を出し始めて、ポタポタ垂れているのが映っていた。お父さんが“可愛い子が来たから興奮したんだろ”と言っていましたが、本当にそんなことがあるのかと……」(同)

 

 スタジオではMCの徳光和夫が「どう見たって、一目惚れですね」と言えば、パネリストの東ちづるは「あたし、鼻血出してもらったことなんて、ないよお」と騒いでいたが、確かに彼女は可愛かった。

 

「この家では、男どもはみんな竹内さんにデレデレになってしまいました。2人の息子が竹内さんと雪遊びをしていると、実直そうなお父さんも割って入り、息子たちを投げ飛ばしたり、四男のヤン君(18)は王様ゲームで王様になると、彼女に歯を磨いてほしいと命じ、お父さんは“女の子っていいなあ。可愛いんだもん”などと言い出したのも面白かった。もちろん、番組はそればかりではありませんでした」(同)

 

 番組のコンセプトはホームステイ中のチャレンジである。彼女は酪農の仕事を手伝い、一家の保存食であるソーセージ作りにも参加した。

 

「ソーセージ作りに当たって、父と息子で豚をしめるシーンもありました。お母さんからは、“これは男の仕事だから無理するな”と言われていましたが、竹内さんは目に涙をためてそれをじっと見つめていた。そしてお母さんと二人きりになると手を握って、泣きながら、命の尊さを語り合っていました。本当にいいドキュメンタリーだったと思います」(同)

 

 番組は涙のお別れとなるのだが、2年半後の01年9月、“再開スペシャル”で竹内さんは、スイスの一家を再び訪ねた様子が放送された。そこで最初のロケの際、彼女はお父さんから「仕事は何してる?」と訊かれたが、すぐに“女優”と答えることができなかったことが明らかになる。まだ女優として大きな仕事をしていないという気持ちがあったのだろう。

 

 この放送の約半年後、99年10月、竹内さんがヒロインの朝ドラ「あすか」(NHK)がスタートする。そして彼女は大女優への階段を駆け上っていた――。

 

上矢印上記、記事元URL→ https://www.dailyshincho.jp/article/2020/10041101/?all=1

 

 

 

もし今も存命されていたら、46歳。

存在感のある、そして可愛い、でも悪女もできる素晴しい女優さんになっていたこと間違いないと思います。

見たかったなぁ。

 

 

 

 

注意この年は有名人の方の悲しい出来事が続きました。

ここではその事についてやその背景(竹内結子さん含む)についてはあえて触れてませんのでご理解くださいませ(m_m)