株式投資をしていると、「なぜあのとき買ってしまったのだろう」と後から思い返す場面があります。私の場合、その多くは共通した感情に突き動かされたものでした。周囲が儲けている、株価が上がり続けている、自分だけが取り残されてしまうような感覚。その焦りに押されて買った銘柄は、振り返れば高値掴み(いわゆる「ジャンピングキャッチ」)になっていることが少なくありませんでした。

 

 

投資に限ったものではありませんが、このような感情にはFOMO(Fear of Missing Out)、つまり「取り残されることへの恐怖」という名前がついています。歴史上の人物もこの感情に翻弄されてきました。万有引力の法則で知られる天才ニュートン もその一人です。南海会社の株で一度利益を確定した後、再び上昇するのを見て我慢できず市場に戻り、最終的には大きな損失を被り、「天体の動きは計算できるが、人間の狂気は計算できない」という言葉を残しています。

 

FOMOが厄介なのは、合理的な判断を崩してしまう点にあります。本来であれば守るべき投資基準を見失い、割高であっても買ってしまい、気づけば自分の戦略ではなく他人の動きに反応している状態になります。私自身、このことを自覚し、「焦っているときは買わない」と決めてからは投資の質が明らかに変わりました。

 

こうしたFOMOの対義語として、最近ではJOMO(Joy of Missing Out)という言葉も使われるようになっています。これは「見送ることを楽しむ」という意味合いを持ちますが、単なる消極性ではありません。むしろ、自分の価値観に基づいて選び取る姿勢です。投資においては、すべてのチャンスを追いかけるのではなく、自分の基準に合わないものは見送るという判断になります。市場には常に機会があり、そのすべてを取る必要などないのです。

 

 

 

 

 

この感覚は、投資にとどまらず人生にも通じます。周囲を見渡せば(特に現代ではSNSで)、成功者が目に入り、自分は遅れているのではないかと感じることもあります。たとえば子育てや受験でも、周囲の進度や成績が気になり、つい焦りを感じてしまうことがあります。しかし本当に大切なのは、他人ではなく自分の基準です。何を大切にし、どこで満足するのか。

 

 

SNSに関しては、それ自体を完全に遮断しなくとも、そこに映っているものをそのまま現実の全体像として受け取らず、少し距離を置いて眺める姿勢が重要だと感じています。情報とのつき合い方ひとつで、FOMOに引きずられる度合いは大きく変わります。

 

 

投資でも人生でも、大事なのは一貫した自分なりの判断軸だと感じています。もうひとつ挙げるなら「足るを知ること」ですかね。そちらはまたの機会に。

 

焦っているときほど一歩引き、自分のルールに立ち返ること。FOMOを完全になくすことは難しいかもしれませんが、それに気づいて距離を取ることはできます。そしてときには、あえて見送るJOMOを意識してみると、投資だけでなく日々の選択も少し穏やかなものになるのではないでしょうか笑ううさぎ

 

Superfly / 人として (SUPER BEAVERのカバー)

SUPER BEAVERの歌もSuperflyのカバーも最高にカッコいいです!

僕は迷う 僕は悩む だけど逃げたくないし自分を棚に上げたくはないし

疲れるなあ 虚しいなあ それでも誰かのせいにしたく無いんだ

カッコ悪いから カッコ悪いから