昨年末から怒涛の日々を過ごしていましたが

その都度、楽しみにしていた計画は 自分の心に聞き

こんな時に楽しんじゃいけない・・・・と心の片隅に芽生えた思いも味わいつつ

でも、やりたいよね・・・という気持ちを選んだ結果

何事も起こらず、楽しくすごせたり

起きて欲しくないことを考える時間を極力減らしながら過ごしていました。

 

4年前に義母があっと言う間の亡くなったり

父が入院したり

クリスマスをホテルステイしてゆっくりしていたら、娘が食あたりで寝込んで何だか楽しめなかったり

なんだか12月ってついてないなあ  と思っていたら

夫が「12月って色々ついてないことが起こるなあ」と言い

自分の思考を目の前の人が表しているなと感じたり

 

12月はついてない・・・無意識に設定してしまっていたようです。

一度そんなことが起こると、無意識に設定してしまいます。

 

「12月は楽しいイベントがいっぱい」   これに書き換えました。

 

私はどうやら  「人を助けて自分の価値を認めてもらいたい」思考があるようで

自分では「人を助けたい」なんて思っているつもりはなくて

「困っていたら誰だって助けてあげたい」と思うものだと思っていたら、

人によっては、そんな人ばかりではないということが、友人との会話で分かったりしました。

 

私が助けたいと思っていると(無意識でも) その願いを叶えるには助けられなくてなならない

困っている人、弱い人を創りださなければならず、

助けられなくてはいけない人は、実は私のお陰で迷惑極まりないということなんですね。

 

助けてあげることがなんでいけないのか?と思っていましたが、とんでもない勘違いでしたね。

困っている人がいるのに助けないなんて 薄情な!と思ってました。

困っている人がいなければ、助ける必要もない訳で

無意識に思っているので、自分ではなかなか気づけません。

目の前に「助けなければいけない現実」が現れた時、

助けたいか、助けたくないか、ではなく、根本の困っている人を創り出さない。

ということなんですね。

 

今年は

「誰も助けなくていい世界に住む。私が助けなくても皆幸せ」と設定しなおしました。

 

本当に「自分の思考、意識が現実を創っている」を感じた年末年始でした。

 

節分ももうすぐなので、色々物も要らない思考も断捨離しながら、すごします。