青森はずっと雨が続いています。
7月。
雨の季節。
先日行った富士でも、奥入瀬でも雨続きでした。
自然を散策したり、トレッキングに行って「雨」だったら、普通ならがっかりするかもしれないし、晴れますように、ってお祈りするかもしれない。
富士でもずっと雨で、トレッキング当日の朝も小雨だった。
決行するかしないか?リーダーが決めてくれてそれに委ねたけれど、もし私だけだったら決行する選択はしなかったと思う。
なぜなら、知らなかったから。
雨の日の森が最高だということを。
雨でも、森の中は晴れていた。
豊かに重なる葉っぱが傘になり、全然雨が落ちてこなかった。
水分をたっぷり含んだ空気を吸い込む時、とってもとっても体が喜んだ。
呼吸したい
って、こんなにも思った。
それを知ったから、奥入瀬でも雨の散策がとても楽しみでした。
雨の森は美しい!
「じゃあ晴れの日が悪いのか」という二極ではないのだけど
「自然を散策するなら晴れた方がいいに決まってる」という設定を覆しました。
もちろん、雨だけじゃなくてお日様も必要。
どちらも大事。
それって当たり前のことなのに
なんでこうも「良い方、悪い方」と決めつけてしまうんだろうか。
こっちがいい、ならばこっちは悪いのか、ってことになってしまうんだろうか。
雨の奥入瀬♡
「あるはず」のものが「ない」ように思えた時
私たちは「残念だ」とか「損した」とか、そんな錯覚に陥る。
今ここに確実にあるものを取りこぼす。否定する。
「ここにあるべきだ!」と、損したような気持ちを何かにぶつけないと気が済まない。
だからムスッとして一緒にいる人と雰囲気が悪くなったり
気持ちが重々しくなったり、「つまんなかった」というそれこそ残念な時間と空間を創造してしまうんだね。
あるものだけを損得・勝ち負け・優劣の二極なしで
全て受け取るようになってから
私の世界は本当に煌めきに溢れた。
まあ、ちゃんと見え始めただけ、なんだけど。
ヤマボウシ♡つぶつぶが可愛い。
昨年、長野で熟したの食べたな〜
雨が降ると木の幹もフカフカして
艶々して膨らんで、本当に生き生き見える。
紫陽花は絶対に曇りや雨の方が綺麗に見えると思っていたけど
他の植物もそうだなぁ〜・・・
セミの抜け殻にも雫が
きのこもプリプリ♡
ちなみに山歩きをしていてガイドさんに「このキノコ食べられますか?」と聞くのはアジア人だけだそう。笑
西洋の人たちは「食べれるかどうか?」は発想がないらしい。おもしろーい!
フタリシズカ。ヒトリシズカ、という花もあるらしい。
しかし「フタリシズカ」も、二人いるわけじゃなくて、一つは自分の霊だそう!
うるうる、シュワシュワ♡空気にミストがたっぷり!
雨の森が綺麗で嬉しすぎてブレブレ笑奥入瀬は、日本有数の苔スポットで「日本の貴重な苔の森」に指定されています。
苔は、森のふかふかベッドの役割・・・
岩場やマグマの上に苔が育つことで、木々の根が張れるようになり、森ができるのです。
「苔むす」って「生す」「産す」と書かれるそうです。
天地万物を産む神の霊妙な力のことを「産霊(むすび)」と呼び、「むす」はここから来た表現なんですね!
男と女の結びによって、新たな生命が生まれる。
「息子」「娘」という言葉も、元々は
「生す子」「生す女」という意味だったそう。
日本の国家「君が代」でも「苔のむすまで」という歌詞がありますが
どんどん結ばれて、生まれて、その永遠の連鎖・・・
無限の生命の循環、繁栄を表現する言葉なんですね〜。
苔むすことによって着床する・・・
森のふかふかベッド。
まるで子宮ですよね。
この雨の中、水分たっぷりで苔を潤わせ、余計なものを流し、またふかふかな綺麗なベッドを黙々と育み続けて、何万年も営みが続いているんだな〜〜〜
例え個別に死んでも、生命に終わりはなく、営みの中に永遠にある。
全てが一体となってこの森を育み続けている中に、実際にいると、この呼吸が続く限りは実際に動く生産者として、呼吸が止まっても大地の養分として、そして営み全体のスピリットとして、どうあがいてもその一員であることが・・・
あまりの自分の存在のちっぽけさに絶望もするけど、その絶望はやっぱり最高の希望と同じもので、心がとっても嬉しくなるのでした♡
ミクロとマクロは本当に同じ場所。同じもの。
この世界でだけ、分離されているように錯覚するだけなのだ。
シダのアートすぎる胞子がくっきり♡
なんって数学的
最初、虫の卵かと思って触らずにいたんだけど
旅セミナーの参加者さんにシダの胞子だと教えてもらって!
(家に帰ってから長女に見せたら、中学校で習ったじゃん。って言われた。笑)
今月続けて滞在した、
星野リゾートの
どちらのライブラリーにも
この本が置いてあった。
この本は私も大好きで、2017年に、こちらのサイトでも紹介したことがあります。
奥入瀬から帰ってきて、この本を開いたら、
これまでも読んでいたはずなのに、
見過ごしていた文章が目に止まった。
雨の日は、森を歩きまわるのにはうってつけだと、かねてからわたしはおもっていました。
メインの森は、雨が降るととりわけ生き生きとして鮮やかに美しくなります。
雨の日の森が、山が、こんなに生き生きしていることを初めて知ったかもしれない。
私は八戸の中でも特に田舎の方で生まれ育ったので、山や森は遊び場でした。
けれど、遊び場が他にないから、止むを得ず山や森の中で遊んでただけで😂雨の日に「わざわざ」森に遊びに行くことなんかしなかった。
記憶にあるのは、学校の行き帰りの林の中の道。木を蹴って雨や雪が落ちてくるのを傘でバラバラ受けて遊んだり、雪で重そうな枝を正義気分で払ってやったりした。そんな、雨や雪自体で遊んだことは覚えているけれど、森の様子をじっくり見る事なんてなかったなぁ。
帰ってきてから、スマホでちびっ子たちに写真を見せていたら、
3番目の小夏(5歳)がこの写真を見て、
「わぁ♡にじ!!だれが降らせてくれたの?」
と言った。
雨も雪も風も光も、
だれが降らせてくれるんだろう?
この世の事象はだれが作ってくれるんだろう?
だれが出会わせてくれるんだろう?
私たちはただ、全てを受け入れるだけ。
どうせならいつも、喜んでそれを見ることができる私でありたい。
どんな腐ったものの中にも、どんなに嫌気が差す出来事の中にも、キラキラした養分を見ることのできる私でありたい。
★設定変更は本当に宇宙レベルで人生がワープするよ♡
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