【目に見えるものと、見えないもの】
 

 

 

 


彼女は見ていた。
画面の中でちょっと太っちょのマダムが豪快に笑っている。

「やだ!見て!ほんと面白い!!」
画面を見ながら手を叩いて笑い、私に微笑みかける。

「もう!!あなたがロシア語がわかったらきっと大笑いするはずなのに!」
彼女はとびきりの笑顔で幸せそうに声をあげる。

毎日、毎日、楽しそうに見ているそのテレビ番組は、
どう見ても、30年以上前のロシアのもの。
時には白黒だった。

彼女は今、戦争を起こしている張本人のこと敬愛してやまない。


「彼のおかげで、どれだけの国民が救われたことか。
フランスで流れるニュースは、嘘ばかり流れている。
だから、ロシアの番組を見てるのよ。」


私に何が言えるのだろう。
長い間、そうやって生きてきている彼女の人生を
否定するなんてできやしない。


彼女は自分のすべての年金を母親の元に入るようにし、
何も持たないでフランスまでやってきた。

 

自分の生き方に信念を持っている彼女には、

尊敬の念すら抱いていた。


別の友人の母親は、イチゴをいただいても食べることはせず、
表面についている種を発芽させ、イチゴを増やし、家族だけでなく親戚たちにも分け与えていた。
友人の母親は「緑の手」を持ち、家族が食べる野菜や果物を育てている。


「彼のおかげで、私たちは今こうやって暮らせている。
前はもっとひどかったのよ。

いつまでも、彼が政治家であってほしい。」


私に何が言えるのだろう。
「それは、ありがたいね……。」

私がやっとの思いでそう言うと、
「本当にありがたい……」
彼女は手をあわせんばかりに、満面の笑みを浮かべていた。



おそらくもう8年ほど前。
「戦争ってどう思う?」
何気なく聞いてみた。


「それは……。
まぁ、アメリカが侵略してくるのなら、世界のためにも戦わなくては……。」


そう、ロシアで見られるテレビ番組の正義のヒーローは、

いつだってロシア人だ。

先ほど見た記事に、
あるジャーナリストが書いていた。

「ウクライナの友人が無事かどうかメールを送った。
無事だという返事が来ることを祈っている」

もちろん、友人の安否を心から心配してらっしゃる

本当に優しい方なのだろう。

しかし、私には、とてもそんなメールを送る勇気はない。
先ほど見たテレビで、ロシアはFacebookにアクセスできないようにしたと。


もちろん、ロシアを擁護する気はさらさらない。
中国の友人に言われた言葉が、ふと蘇った。

「あなたは、日本という国に生まれた。それだけで自由を持っている」と。


私が生きてきて、見てきたもの、聞いてきたものは、ほんの一部でしかない。
きっと、この話に出てくる方たちの反対側にいる人たちの意見を聞けば、また考えが変わるのかもしれない。

なにが正しくて、なにが正しくないかなんて、

片方の側からしか見ていなければ、正直わからないことがたくさんある。
そもそも、生きてきた人生が違い過ぎるのだから。

 

そして、

私たちは目に見えているものと、

見えていないものがあることだけは確かだ。


それでも……。

今まで国のことをいろいろと話してくれた心優しき友人たちの声。
自分自身の意見は、はっきりと言える。



罪のない子供たち、アルコール依存の夫を支え、懸命に働くロシアのマダム。
せめて、彼女たちが安心して眠れる温かな夜を与えてあげてほしい。

ただそれだけ。