プロヴァンス地方 「古代遺跡」と「Glanum (グラナム)遺跡」
(Saint-Rémy-de-Provence)

昨日の美しいバラの村から、今度は一転。
古代遺跡のお話をさせてください。
しかし、こちらもミストラルが吹いたので、同じような曇り空です。

少し前にご紹介したばかりの Saint-Rémy-de-Provence (サン=レミ=ド=プロヴァンス から、Les Baux-de-Provence (レ・ボー=ド=プロヴァンス)へ移動中する途中に、ちょうどこちらの遺跡群があります。

まずは、とにかく目を惹きつけてやまないこちらの古代遺跡。

グラナム1

こちらは、紀元前6年頃、アウグストゥス治世の初期に建てられたと推定されています。
紀元前6年とは、またしても、想像がつきません。

こちらの凱旋門には、フランスにおけるシーザーの勝利を記念するレリーフがあります。
ちょうど、向こうに見える人と比べると、高さがわかりやすいですね。

そして、こちらが、紀元前35年に建てられた、現存する霊廟の中で、最も美しいと言われているローマの霊廟です。

グラナム2

こちらは、コリント式の列柱が美しく並んでおり、よくそんな時代のものが残っているものだと、写真を撮りながら、何度も見上げてしまいました。
それほどまでに、状態がよかったからです。
ちなみに、軍事遠征で名をあげた古代ローマ市民のために作られたものらしいです。

この2つの古代遺跡は、グラナム遺跡の駐車場のすぐ真横に、ポツンとあるのですが、ここの駐車場のお姉さんが、半端なく怖いです!!(笑)

どうやら、みんな「ほんのちょっと写真を撮るだけだから、いいじゃん!」という乗りのようで、それがお姉さんを最高にいらつかせているようでした。

さて、話を元に戻して・・・。

ここから、グラナム遺跡まで、きちんと案内は出ていますが、少しの距離を歩いて行かなくてはいけません。

グラナム遺跡の受付で、いただいたパンフレットによると、このグラナム遺跡は、もともとケルト・リグリア系民族の要塞集落だったそうで、ケルト神の「グラニス」と、お供の慈悲深い女神たちが、治癒作用で知られていた水源の周辺に住みつき、これが住民名の由来となったそうです。

グラナム3

紀元3世紀頃、ゲルマン人によって、破壊されたとされる「グラナムの街」
1921年に、歴史的建造物建築家の「ジュール・フォルミジェ」の主導により、発掘作業が開始されたそうで、なんとそれは、今日まで続いています。
そして、いまだその全貌を現していません。

もうすぐ、発掘してから100年が経とうとするじゃないですか!それなのに、全貌がわからないなんて、ものすごいロマンの極みです。(私だけそう思う?)

グラナム9

いくつもの浴室がある公共浴場、中庭付きの家、下水道、寝殿、泉、フォーラムなど、すべてが備わった、一大都市だったんですね。

グラナム4

子供たちが、課外学習でやってきていましたが、みんな予習をさんざんさせられたようで、分厚いノートを持って歩いていました。
こういうのを見ると、可愛いなぁ~と思います。
まぁ、もちろん、先生に怒られまくっていた生徒もいましたけど・・・(爆)
(↑完全にうちの子のタイプだな)

グラナム10

いやぁ、何度見ても神殿は美しい。

グラナム8

本当に、典型的なガリア・ローマ時代の街を見ることができますよ!

いかがでしたでしょうか?
今日は、一気に古代ローマ時代へといざなってみました。
ちょっと、面白くない文章が続いたかと思いますが、なんとなく街になっているのが、わかっていただけましたでしょうか?

*地図は、明日の夜にアップさせてください!

もしも、小難しくて退屈された方は、是非こちらの我が家のDIYの進み具合を、お楽しみくださいませ(爆)

ではでは、「ローマ時代の建物」にロマンを感じてくださったあなた。
是非、応援のほど、よろしくお願いいたします↓↓
(いつも、本当にありがとうございます!)