ゴッホのつづき ーしかもその1ー |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

今から40年以上も前のこと。

その頃まだ愛知県に住んでいた私は

〈ゴッホの絵がナマでみられる〉

ということで、

愛知県美術館まで足を運びました。

この当時、ゴッホの原画がみられる

というのは、大事件だったんです。

「ぜひともみてみたい!」

と思いました。

 

調べてみたら、それは巡回展で

東京、京都のあとで名古屋に来たようです。

 

ヴァン・ゴッホ展 

1976年10月30日〜12月19日 

国立西洋美術館  435,160人 

(巡回) 

京都国立近代美  280,224人 

愛知県美術館     

 

愛知県の入場者が書かれていないけれど、

おそらくとんでもない数だったと思われます。

 

なぜなら!

私はその時、美術館まで行ったものの、

あまりの人の多さに恐れ慄き

すごすごと帰ってきてしまったからです。

 

〈ゴッホの絵をナマでみたい〉

ヒトたちは、美術館を三重に取り囲んで列を作っておりました。かなり大きな美術館です。その美術館を三重に取り囲んで、まだまだ人は押し寄せてきています。美術館にこんなにヒトが押し寄せているのを、私はまだみたことがありませんでした。

(最近では伊藤若冲やバスキアなど、人気の展覧会は何時間待ちというのもあるようですけれど…)

 

帰りの電車の中で

「あなた(ゴッホのこと、ね)があれほど来たいと願っていた日本では、こんなに大勢の人があなたの絵をみたいと思っているんですよ。この人だかりを、私の目を通してあなたに見せたいです」

っていうようなことを、

ボンヤリと考えていたことを思い出します。

 

ただ、それから40数年たった今思うのは、

(本当に彼は日本に来たいと思っていたのか?)

という疑問です。

浮世絵の洗礼を、頭からザッパーンと浴びたゴッホは日本に憧れ、日本に来たがっていたと言われています。

でも彼が触発され、憧れたのは、浮世絵の世界であって日本そのものではないと思うんです。

浮世絵のもつ〈艶やかさ〉や〈崇高さ〉のようなものは、現実の日本には存在しないもののように感じられるからです。

現実の日本にある湿り気や閉塞感、そして他者を受け入れにくい国民性などは、かえって彼をより深い孤独の淵に追いやるだけだという気がします。

 

〈本当のこと〉など誰にもわからない。

謎をたくさん残したまま、彼は逝ってしまいました。

 

そういえば、私はムソルグスキーの「展覧会の絵」というレコードを、当時ジャケ買いしたのですけれど、後になってそれがゴッホの描いた「星月夜」だと知ったんです。

 

 

「ゴッホの絵は、それほど好きなわけではない」と、自分では思ってきたんですけれど、やはり強烈に人を惹きつけてやまない何かが、彼の絵画には宿っているようですね。

 

もう少し、書きたいことがあるので

たぶん、つづきます😅