が増えていることに気づかされます。
生き物には「死に時」というのがあるのではないかしらん?
あんたの寿命はここまで!
というヤツ。
そこで死ねればスムーズな移行ができたのに、医学の発達によって死にそびれてしまう。
そういうヒトの中から,一人また一人と認知症になってしまうヒトが出る。
認知症が増えているように感じられる要因のひとつは、こんなところにもあるようです。
自分のバアチャンの晩年を考えると、ピンポイントでまさにこの「死に時」があった。
とても幸せそうに、その時の臨死体験を語ってくれたものです。
バアチャンはそれを逃がしてしまい、その後何年も認知症を患った無念さを考えずにはいられませ
ん。
これは、誰が悪いのでもないので、憤りだけがのこされてしまいます。
そんな認知症。
『世間の話も合わせると、みな人生のうちで自分がいきいきと暮らしていたときと場所を求めて歩
くようですね』
トモダチHから、こういうお手紙をもらいました。
認知症で施設にいるオバが行方不明になり、施設から彼女に連絡がはいったそうです。
そのオバの戻りたい時代と場所が,現在彼女が住んでいる家だったとのこと。
『自分がそうなったら,私はどこに戻ろうとするのだろう?』
Hの言葉に、私も即答できませんでした。
今、住んでいる家。
居心地がいいし,好きだけれども、これは潜在意識とイコールかどうかはわかりません。
バアチャンのうちは居心地が抜群だった。
編み物をしているバアチャンの横で、寝っ転がってんのが大好きだった。
もうなくなってしまったその場所を求めて、私は夜な夜な徘徊してしまうのではないかなぁ。
でもね、ずっと前に東京のトモダチをバアチャンちに連れてったことがあったんだけど…。
その時のトモダチの第一声が、
「イトウさんちと雰囲気がそっくりじゃん!!」
だったの。
そのころは一人暮らしだったから、今の場所がどうなのかはわからないんだけれどもね。
もし、居心地抜群だと感じる場所があったら、今いるところを少しずつその場所に近づけていけた
ら、そうしたらマボロシの場所をもとめてうろうろしなくてすむかもしれない。
自分ちをバアチャンちの、あの安らぎのある場所に…。
そう、少しずつでもいいから安らぎのある場所にしていけたらいいなぁって思います。

タイトルは「さわる日」です。