こんにちは。
マインドコーチ&「居待月」という居酒屋を運営しております丸山伸予です。
今日もこのブログを開いてくださり、ありがとうございます。
昨夜の東京はあいにく曇っていましたので三日月をみることはできませんでしたが、今夜はお天気がいいので、キレイな三日月をみることができるかも知れませんね。
さて、先日配信いたしました私の無料メルマガで、「〇〇すべき」が多い人について書きました。
多くの人は、自分の中に「〇〇すべき」というものを持っているかと思います。
実は私も、過去にはたくさんの「○○すべき」を抱えていました(^^;
ひとつには、30歳から50歳くらいの間は、母や母方の親戚の影響で、聖書を信じていたことも強く影響しています。
聖書には、人が「守るべき」ことが多数書かれていますから(^^;
でもね、実は聖書って、人間が自分の力では守れないことが書かれているのです。
これは私が故・宣教師のベック氏に聞いたのですが・・・
人間は聖書に書かれている御言葉(みことば)が自分の力で守れないからこそ、神様におすがりするのだというのです。
つまり、聖書に書かれていることが容易に守れたら、神様なんて必要ないってことなのだとか・・・(^^;
ちょっと横道に逸れましたが、過去私はクリスチャンであったこともあり、自分の なかに「〇〇すべき」が多かったのです。
今は大いなる存在は信じていますが、聖書を守らなければならないとは思っていません(^^;
ですが、この「〇〇すべき」というのをよ~く考えてみると、案外親や世間などの刷り込みで、そう思い込んでいる(思い込まされている)ことってありませんか?
たとえば昔は、「離婚はするべきではない」というのが常識だった気がします。
けれど、今では3組に1組が離婚しているという統計も・・・。
つまり、自分の心や体を壊すほど辛いなら、そして話し合ってもどうにもならないのなら、お別れするというのもひとつの選択としてアリだということです。
こんなふうに、世の中の常識は時代や国がかわれば、どんどん変化するのです。
ですから、本当は自分は心の奥では納得していないのに、人の目や親の言いなりになって、自分を殺して「〇〇すべき」をしているとしたら、それは自分を生きているとはいえませんよね。
本当は、「〇〇すべき」ではなく、「○○したい」や「〇〇が好き」で行動するのが自分を生きるということなのです。
人は、自分の「〇〇すべき」を守らなければと自分を勝手に律している分、他人に否定されるとものすごく強く反応するものです。
なぜって、心の奥では納得していないのに、我慢してやっているわけですから(^^;
ですが、自分の「〇〇したい」を否定されたとしても、案外平気だったりします。
それは、自分が決めてそうしているからに他なりません^^
もし、たくさんの「〇〇すべき」を持っているとしたら、それって本当に自分でそうしたいのなか?と心の奥を探ってみてくださいね。
「〇〇すべき」ではなく、「〇〇したい」「〇〇が好き」という気持ちで物事をとらえられると、より楽しい毎日を過ごせるようになりますよ。
