2009年6月22日 A病院で貰った検査結果のデータを持ってB病院へ。
手術が9日に決まった。
B病院はこの頃はまだ古くて建物自体はA病院とは比べ物にならないけど、不思議と病院へ来た感が無く病院なのに活気があった。それに清算待ちの所は座れない人もいるくらい患者さんがごった返しているが帽子を被った患者さんは見当たらなかった
先生にデータを渡すと「えっ
」って顔をされた。まさかA病院からのセカンドオピニオンとは思わなかったみたいで
「いっぱい検査したね〜
悪いけど、またちょっとだけ検査してもらうね。」って。それより驚いた事に貰ったデータではステージ1b1期が Ⅱb期になっていた
(PET-CTの結果)

」って顔をされた。まさかA病院からのセカンドオピニオンとは思わなかったみたいで
「いっぱい検査したね〜
悪いけど、またちょっとだけ検査してもらうね。」って。それより驚いた事に貰ったデータではステージ1b1期が Ⅱb期になっていた内診の後、先生はステージ2まではいっていないだろうとおっしゃたが、貰ったデータと違うので聞いたらステージ1と2の境目は先生の感じ方だけで微妙らしい
要は開けてみないとわからないってコト
要は開けてみないとわからないってコトいつの手術にしようかね〜
って、A病院では一刻も待てないくらいだったので、何か拍子抜けして「急がなくていいんですか
」って聞くと「10年20年かかってなってるから、そんなに急には進行しないから、でも7月初めくらいにはした方がいいかな」
って、A病院では一刻も待てないくらいだったので、何か拍子抜けして「急がなくていいんですか
」って聞くと「10年20年かかってなってるから、そんなに急には進行しないから、でも7月初めくらいにはした方がいいかな」おまけに、入院も10日くらいで、早ければ1週間。手術の結果、リンパに転移していたら追加治療で放射線治療になるけど通院治療も出来るみたいで、A病院とは全く違っていた
がんと言われて色々な本を読んだりネットで調べたりして、抗ガン剤は絶対にしないつもりでいたから私には先生の治療がぴったり合っていた。
1週間後に手術日が決まって、娘にメールした

手術が9日に決まった。
前の日から入院です。
何もなくて順調だったら9日間の入院ですむそうです。
でも、お腹切るのにそんなに早く治るんかな〜
退院しても痛いんやろね。
手術なんか初めてだからドキドキものです。
娘は早く見つかって良かったよ
って言って勇気づけてくれたけど、妄想が膨らんで
めちゃくちゃ不安でいっぱいだった
って言って勇気づけてくれたけど、妄想が膨らんで
めちゃくちゃ不安でいっぱいだった
手術日が決まったので、問題の母親に報告した
第一声「えーーーっ
、A病院
」
第一声「えーーーっ
、A病院
」これこれこーで、B病院に変わった事情を説明して、それなら良かったねで終わった
そんなに動揺もしてなかった風なのでホッとした

そんなに動揺もしてなかった風なのでホッとした

が、その
に泣きながら電話をかけてきて「一人で寂しくない
大丈夫
うちに来る
」って...来てくれるならまだしも、私が行くんかい
寂しくなんかないし、そこに行って話したら余計落ち込みそうやし
こっちは入院までにしておくことが色々あって寂しいどころではなかった
に泣きながら電話をかけてきて「一人で寂しくない
大丈夫
うちに来る
」って...来てくれるならまだしも、私が行くんかい
寂しくなんかないし、そこに行って話したら余計落ち込みそうやし
電話を切って、速攻で妹に連絡して「もう泣きながら電話してきたから心配しないように言ってやって、くれぐれも他の人には内緒にしておくように」ってお願いした

やはり、私の予想通りだった
ギリギリまで言わなくて良かった
ギリギリまで言わなくて良かった
しかし、この後すぐに立ち直り「本人がケロッとしてるから安心した…抗ガン剤打ったら髪の毛抜けるから、先に切った方がいいんじゃない
」とか入院するまでの間、余計な事ばかり言われて疲れた
」とか入院するまでの間、余計な事ばかり言われて疲れた
この時ほど、私を育ててくれた “ばあちゃん” が生きていてくれたらな〜
病院もずっと側にいてくれて気持ちも落ち着いただろうに
としみじみ思ったことはなかった
病院もずっと側にいてくれて気持ちも落ち着いただろうに
としみじみ思ったことはなかった