この時間は、岐阜県の駅をぐるりします。
本日の駅は、開業当初から約80年使われていた高山駅の旧駅舎を紹介します。
写真は,平成10〜20年代撮影のものが多くあります。現在の状況とは変わっていることがありますので、参考にする際はご注意ください。
また、当ブログをご利用される際は、必ずこちらの記事「免責事項について」をお読みの上、ご覧くださいね。
では,最後までごゆっくり!
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本日は高山本線の路線名となっていて沿線最大の観光地がある駅、高山駅をぐるりします。
訪問したのは、今から20年前、まだ昭和9年に開業した当初からある風格のある駅舎が頑張っている時代でした。
もうちょっとアングルを考えて撮影すればよかったと後悔しています。
旧駅舎当時の高山駅はこの後もう1回訪問していますが、そのときは観光だったので、ほとんど記憶がありません。
なお平成28年に現在の橋上駅舎となってからは未訪問であるだけでなく、車内から見たこともないので、永らく高山本線を乗り通していないなあと感じます。
駅前です。
高山市の人口は約8万人ですが、日本で最も広い自治体、大阪府より広く、その広さで人口は約8万人ですから都市という感じではありません。
しかし、観光地として人気がある街ですから、駅周辺は、人口や駅前の規模に比べると賑わっているという思います。
では駅舎内部に入ってみましょう。
出札窓口と待合スペース。
20年前であまり、鮮明な記憶がないのですが駅舎内部の構造はちょっと複雑で、出札窓口と改札は一体化されてなかった記憶があります。
内部の光景は、いまだ国鉄当時の面影が強く残る雰囲気でした。
改札です。
あまり広くなく、出口と入口が別動線になっていた記憶です。
現在もTOICAは使えません、令和6年3月現在で、高山本線でTOICAが使えるのは、岐阜と美濃太田間のみとなっています(JR西日本区間も使用不可)。
その出口改札です、多くの利用客をさばけるようにするため入口より広くなっていました。
では駅構内に入ってみましょう。
駅舎側ホームの駅名標です。
かなり海抜が高いところまでやってきましたが、ここから富山側は高度が段々下がっていきます。
構内、富山方面です。
構内のホーム連絡は地下道で行われていました。
車庫なども見えていますが、現在はどうなっているでしょう?
構内、岐阜方面です。
2面3線、昭和の時代、高山本線は一度電化工事に着手したことがあり、そのときは高山駅構内から起工したと言われています。
結局、新型DCの投入などで電化するのと遜色ない高速化が実現されたので、地上設備が大変な電化より良かったのではないかと思います。
(平成15年7月訪問)
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本日は高山市から!!!
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