前記事での息子。
ひとりだけお弁当を忘れ、
ひとりだけランドセルで
社会科見学に出かけても
罪悪感や自己否定が
一切生まれたかったという。
自分を責めず、他人を責めず
ナニゴトも否定しなかった。
詳しくお話を聞いてみると
お弁当がないならば、
食べないで過ごそうと思ったのだそう。
休日の彼は、
朝昼と食べずに遊びに出かけ
1日1食で暮らすことも多いので
お昼を1食抜くくらい
なんとも思わなかったけれど
先生がおにぎりを分けてくれたから
「いただきます」と言って
食べた。
(※すぐ食べ終わったので
たくさん遊べて楽しかったと言っていた)
電車移動をしたそうで
その道中、
ひとりだけランドセル姿で
恥ずかしくなかったのか、
と尋ねると
「ぜんぜん恥ずかしくなかった♪」
逆になんで?恥ずかしいのか
意味がわからない状態だった彼。
この心理.....
彼のその強い精神は
どこからくるのか。
息子は、
「自然現象」と答えました。
し、自然現象?
あ〜!そうか。
自然と花が咲くように
自然と木がそこにそびえ立つように
自然と雲が流れてゆくように
自然と風が吹くように
....ただ自然とあるがままに
彼はそこに存在していた。
起きたデキゴトを
否定することなく受け入れた。
自然現象。
うまいことを言う。
自然現象....
そこに善悪の判断はない。
なんで?花が咲くんだ!!
なんで?ここに木が生えているんだ!!
なんで?勝手に積乱雲になるんだ!
なんで?いわし雲になるんだ!
なんで?断りもなく風が吹くんだ!!
と誰もが否定しないように
息子が自然にあるがままに
そこに存在していたので
「なんで?ひとりだけランドセルなんだ!」
と善悪の判断を持ち出す余地を
周囲に与えなかったのだと思う。
いや、
そう思った子どもは多くいたと思うけれど
自然現象である彼に
直接言うまでに
至らなかったのかもしれない。
あまりにも自然すぎたから。
数記事前に
絵を描きながら宇宙のお話をしている動画を
投稿しましたが
そのつづきで息子は、
「0ポイント」という単語を
口にしていました。
0ポイント、地球の中心
0ポイント、今一瞬=ひとつ
0(ゼロ)って無限∞ですよね。
「一瞬、いま」がゼロポイントである。
過去に息子は
いまにすべてがある
と話していました。
いまにすべてがある(無限∞)
いま=無限∞
つまり、
0(ゼロ)ポイントとは、ニュートラルです。
宇宙の根源、それはニュートラル。
永遠に存在する魂は、どうやら
この宇宙の根源、ニュートラルへ還る旅を
しているらしい。
▼▼▼
我々の魂も
こうしてニュートラルになってゆく。
こっちが善くて
そっちが悪いのではない。
善悪の統合
禅の言葉に
「善をも思わず 悪をも思わず」
という言葉があります。
ニュートラルは、ゼロポイントであり
ブッダは、
それを「空(くう)」と説いた。
いまこの瞬間が
ゼロポイントであり
地球の中心であり、
宇宙の根源....宇宙の中心である。
ニュートラルへ還る旅。
ゼロへ戻る旅。
神を思い出す旅。
いまこの瞬間を生ききる。
こういうことか、と。
息子は常に
自分の中心から外れない、
のだと思います。
つまり、
宇宙の中心...ゼロポイントから外れない。
善悪の判断をしない
ニュートラルな立ち位置から
外れない。
だから
この三次元世界では
息子の存在が
自然現象として映った。
海とか空とか
花とか木のように。
そもそも人間とて
自然現象です。
自然に現れて自然に還ってゆく
永遠の存在。
自然現象(本来の自分)に
いろいろなおかず(観念、常識、価値観)
をつけることが
地球の遊びであった。
もうね、おかずはいらんですね。
今回の珍事件から
色々と繋がったのですけど
言葉の限界もあり
うまくお伝えできていないと思います。
なんとなく
雰囲気だけでもと
ブログを更新いたしました。
わたしにとっては
大きなギフトとなりました。
またまたたくさん浮上してきたので
闇出しっていきます。
今日は以上です。
ありがとうございました。


