2018年6月5日

 

回復というのは、自助グループで“このままの自分でいい”と思えて、生きづらさからある程度解放されている状態のこと。回復にゴールはなくて、成長はずっと続きます。

 

そのような人と出逢うことがあります。感極まるというか、もううれしくて うれしくてたまらなくなります。ここまでくるのに、どれほどの思いをしたか… それを感じずにはいられない。最初から涙目で、見とれてしまう… その方の言葉は、あまりに尊い。自分の思いを話してくださる、その方の印象は。何ていうか… 表現が難しいですが、力が抜けた感じ… 力みがない 緊張してる感じがなくて楽~に話してくださる。変に人に気を遣ったりしない。パワーゲームから降りていらっしゃるので、穏やかで、人からどう思われるかを気にしてなくて、正直に思いを話してくださいます。

 

で、その方の話を一般の方と一緒に聞いていたりすると、一般の方が怒り始めたりするのです。「何で?」と私は理解不能になるのですが、偉そうに聞こえるらしいのです。私の感覚では、その方は偉そうなことは、何も言ってない。私は、その方のお話しをただただ感動の中で聞いていました。深い気づきの言葉が語られているだけでした。一般の方の怒りを全く気にせず、その方は礼を尽くす感じでした。Iメッセージで正直な思いを境界線を越えずに、話していました。一体何が 一般の方のシャドーに触れるのか、よくわからない。

 

そのとき感じたのは、私が口を開けば、同じことになるんだという思いでした。

 

去年の9月に、メッセージカードをもらいました。気づきをもたらすメッセージ。そこには、「自分の能力を隠していないか」と書いてありました。心に響きまくったのですね、その言葉が。ノックアウトされた感じ。見られてたのか~神様に。見つかっちゃったと思いました。そして、私は“回復していること”“このままの自分でいいと思えていること”を人に言ってみようと決心しました。バンジージャンプです。思いきること。今までどうしてもできなかったことを、逃げずにやってみること。これだけは、絶対やってはダメ、どうせ傷つくことになるだけ、そう思って禁止してきたことをやってみる。

 

実際やってみて、まぁ~ズタズタになります。心は折れまくりです。傷ついて流血が止まらない。…でもね… 受け止めてくれる人がいた…。腰が抜けそうになりました、そのときは。まさか、受け止めてくれる人がいたなんて。世界がちょっと揺れた… 呆然としました。それからしばらくぼんやりする日々が続きました。

 

さて、これからどうやって生きるか。悩むけど、回復してる人と出会う度、心が震える。嬉しくて…、そのような方々が私の心を支えてくれる。この世界は愛しかないのだから、どう転んでも大丈夫。楽しみです、私はこれから変わっていきます。

 

 

 

読んでくれて、どうもありがと♡