2017年11月1日
クライアントに言わせるカウンセリング、「repeat after me」でクライアントのタブーとして禁止している考えに「それでいい」と許可する言葉を言わせる方法は、素晴らしいと思う。素晴らしいなんて言葉では、とても言い尽くせない。それほどの大発見といっていい着想だと思う。どれほどの言葉を繰り返しても言い足りない…。ものすごい発明…。心屋仁之助さんは天才だ。世界を救うくらいの次元の発明だと思う。お世辞ではなく、本当にそうなんです…。世界のスタンダードになる。そんなものすごい考えに、こんなに早く出会えたことを感謝します。
心理療法で難しいのは、無意識に存在する感情や欲求や本当の思いに自分自身がつながれないことです。ここが本当に難しい。変わりたいと本人が切実に思っていたとしても、無意識にある本当の自分の感情や欲求や思いにどうしてもつながることができない。それは恐れを感じるから。でも実際はその恐れさえ自覚することはない…。なんだかつながれない。生き生きとした感情や欲求や思いを感じられない。心が揺れることもなく淡々とカウンセリングで話をするだけみたいになってしまう。心理療法を受けて、涙が出ないとどうしようもないのだけれど…。
そこで言わせるカウンセリングの本領発揮です。本人が自発的に言おうとしなくても、「repeat after me」という最低限の他者コントロールで、クライアントの感情へ影響を最小にして、効果的にタブーをひっくり返すことができる。タブーをひっくり返すというのは、言葉のレベルの話です。(言葉のレベルと限定しすぎるのも違うのですが)実際に重要なのは心の動きです。禁止し続けて生きてきた考えに許可を自分が出してみて、自分がどう感じるのか。少しでも動かされるものがあれば、たいしたものです。心の深い部分が揺り動かされるかどうか、そのときの主体的主観的な体験がものをいいます。その経験はクライアントのキラキラと輝く宝そのものです。
心屋式のもう一つすごいところ …私の勝手な思い込みかもしれないけど、たぶん…。言わせるカウンセリングのすごいところは、素人がやってもできてしまうところです。ちょっと怒られそうなのだけれど。素人というは、自分自身とつながるところまで心理療法を深めていない、うーん言葉が難しいなぁ。心理療法を受けて“自分が排除した自分”にどんどんつながっていくと、「このままの自分でいい」と思えるのは当たり前で、「このままの自分でいいに決まってる!」「自分最高!!」と普通に思えて、後悔や“自分を責める”なんてしなくなります。後悔や自分を責めるなんてことは、自分を肯定しない人の特有の症状です。だいたいのことはOKと思えるので、後悔のしようがない。もちろん100%OKじゃないですよ。一生かけてもそうはならないでしょう。「許しがたい!」と頭にくることはあります。「あ~あ、また否定してる~。タブー視してる~。肯定できないのね~。受け入れないのね~。まぁ、いっか~。」と気づくことはしょっちゅうです。それでいい。それをOKとするのですね~。
ここで一つ、注意があります。このままの自分でいいと思うのは、自分も他者もということなんです。自分だけ特別なんてことはありませんから。自分がこのままでいいと感じるということは、他者もそのままでいいと感じるということです。「そのままのあなたでいい」「そのあなたがいい」と思うということです。大学の教科書に書いてあったのですよ。「自分を肯定することは、他者を否定することです」って。そんなバカな!って思いましたけど、その教授にとってはそうなのでしょう。私は違うって思いましたけど、その教授にとっては「自分を肯定することは、他者を否定すること」なのだから、その教授はそのままでいいのです。いろいろな価値観があって、それがいいと思います。
自分とつながると、自分を否定することも、他者を否定することも少なくなりますから、まぁ~穏やかに生きていけますよ~。ず~っと自分を褒める、他者を褒めるという人生です。自分とつながって、他者とつながって、心満たされる人生です。寂しいとか何か足りないと思うのは、自分と分断しているということなんですね~。
ということで、ここで素人と表現してるのは、カウンセラー自身の心理療法がまだ進められてなくて「このままの自分でいい」と思えるところまでいってない人のことです。心屋仁之助さんが発明した言わせるカウンセリング以外の心理療法は、カウンセラーの“自分の肯定度”にあからさまに左右されてしまうのです。カウンセラーのタブーがそじょうにのった途端、カウンセラーが反応してしまって心理療法にならない。そうならないための訓練は、もちろんします。…でも限界があります。教育分析も奨励されているけど、機能してるかどうかは、なんとも言えない。正直な感想は言えないな…。だって機能してるなら、自己肯定感が高い人がもっといっぱいいてもいいじゃん。…でもいないんだな、現実には。
心屋仁之助さんの言わせるカウンセリングは、クライアントのタブーをひっくり返すことを「repeat after me」で言わせるといいのだから、カウンセラーが自分とつながっていなくてもできるのです。オープンカウンセリングで体験してみたら、その効果はものすごいものでした。おそらくそのカウンセラーさんは、「このままの自分でいい」というところまでは自分とつながってはいない、たぶん…。私はそう感じた。間違っていたら超ごめんなさいです。でも、実際に声に出して、タブーに許可を出すと、心が強烈に揺さぶられる。それを信頼するカウンセラーに受け止めてもらう。その体験に魂が震えました。私の幸せを本気で願うカウンセラーさんに、心の激痛を、それを感じている私そのものを受け止めてもらう体験は、苦しいけど温かい体験でした。こんな安っぽい言葉では表現できないなぁ。
心屋仁之助さんの言わせるカウンセリング以外のカウンセリングでは、カウンセラーが本気でクライアントの幸せを願っていたとしても、タブーへの反応が命取りになるのです。心理療法でテーマになるものは、大雑把にいえば共通していて、カウンセラーもクライアントも一般の人もだいたい同じ傷で、同じタブーで苦しんでいるのだから、核心をつくとき どうしてもテーマがかぶる。タブーがかぶる。これはどうしようもない。意識のレベルの問題ではなく、無意識レベルの問題ですから、誰の責任でもない。構造上どうしようもない。
この構造上の問題をクリアにしたのが、心屋仁之助さんの言わせるカウンセリングです。機械的にタブーをひっくり返す言葉を「repeat after me」で言ってもらうのだから、カウンセラーのタブーがカウンセリングに影響を与えない。この表現で大丈夫かなぁ。怒られないかなぁ。もちろんクライアントへの愛は基本です。これがないとカウンセリングではなくなる。
やっぱりこの“素人”という表現は悪意があるなぁ。私はカウンセラーをやっている人に怒りをもっていて、不満をもっているのですね。こんなひどい言葉をあてがうということは。自分の親との関係で傷ついた痛みには向き合わず、他者のカウンセリングをしようとすることは、許しがたいと感じているようです。寛容になれない…。「それでいい、そのあなたでいい」とは思えない。まぁ、しょうがないですね。これが私の力量です。こんな私でいい、ポンコツな私でよし!堂々と間違う私、横暴な私でいい。いつか、自分と向き合うことをしないカウンセラーに「それでいい。そのあなたでいい」と思えるようになりたいなぁ。
心屋仁之助さんの言わせるカウンセリングの説明をしてきたけど、やっぱりすごいです!自分で文章を書いてて、冷静に読んでみて、“世紀の発見”と本当に思う。自分でこの方法を思いつけなかったのは、正直くやしいけど。嫉妬はあります、思いきり。「その手があったかぁ~」と愕然とした、初めて心屋仁之助さんをテレビで見たとき。コロンブスの卵ですね。同じ時代に生きて、心屋仁之助さんの言わせるカウンセリングと出逢えて、ラッキーって心から思うよ。それも本当。だから感謝したいです。心屋仁之助さん、どうもありがとう。
読んでくれて、どうもありがと♡