幼い頃からずっと、
お母さんに言われ続けていた言葉。
「大人しくて言う事をよく聞く、
育てやすい いい子」
その期待に応えるように、
私はお母さんの言葉の通りの
「大人しくて」、
「お母さんの言う事をよく聞く」子供として成長した。
家の中でも、学校でも…。
大人しい子どもだった。
お母さんに逆らう様な事を言ったら、
怒られるから。
怒鳴られるから。
いつも、
お母さんの顔色を見て
お母さんの機嫌が悪くならない様に振る舞っていた。
赤ちゃんの時から聞き続けていた
お母さんと その周りに居る大人たちの
「親に逆らってはいけません❗️」
という言葉が、
私を洗脳していた。
思春期になっても親に逆らう事もなく、
私には「反抗期」が無かった。
言葉でも態度でも、
親に「反抗」する事は無かった。
そんな私だったけど…。
私のカラダは、
しっかりと「反抗」していた。
初潮の時からずっと月経が不規則で、
殆んどが「無排卵性の月経」だった。
排卵していない、という事は
子どもを産むことが出来ない。
私は、
「子どもを持つ事が出来ないカラダ」になっていた。
上にきょうだいが居るのに、
お母さんからこの家の「跡取り」として育てられた私。
お母さんは、
私にこの家の跡を取らせ
子どもを産んで貰って
孫と一緒の暮らしをしたいと、
強く願っていた。
社会人となり、
親が持って来るお見合いは
「入婿」になってくれる人に限定されていた。
私自身、
好きな人が出来ても
「長男とは付き合ってはいけない」。
そう思っていた。
一時期、
ほんの少しだけ
「跡取り前提のお見合い」に反発した事もあったけど…。
結局は、
「親と一緒に暮らしてくれる人」が
結婚条件の一番になっていた。
だけど・・・
私は、結婚しても子どもを産むことが出来なかった可能性が高い。
「無排卵」だったから…。
お母さんに逆らう事もなく
「反抗期」の無い人生だったけど…。
私のカラダは、
お母さんに対して大きく「反抗」していた。
お母さんの強い願いを叶えられない様に、
最も大きな「反抗」をしていたんだ…。
無意識のうちに…。
私は、
結婚しない。
子どもを産まない。
という形で
お母さんに反抗し続けて来たんだ。
この事に気づいたのは、
心の事を学んで
自分と向き合う様になってから、
かなりの時間が経ってからだった。
お母さんへの一番の反抗は、
お母さんの望みを叶えてあげないこと。
つまり、
結婚しないこと。
子どもを産まないこと。
そこに気づいた時には、
もう 子どもを産むことが出来ない年齢になっていた。
私は、
成長過程では「反抗期」というものが無かったけど…。
自分の人生を掛けて
お母さんに「反抗」しようとして来たんだ…。
無意識だったとは言え、
余りにも私が可哀想じゃない⁉️
せっかくこの世に生まれて来たのに、
一生を掛けてお母さんに反抗しようだなんて。
そんなの、「私の人生」じゃない。
もう、自分の人生を生きて行こうよ❣️
お母さんを恨んでも、
誰も幸せになれないよ。
お母さんが、
なぜ私を「跡取り」にしたかったのか?
なぜ私を自分の手元に置きたかったのか?
お母さんの歴史を知ってるから
頭では理解しているつもりだったけど。
心の奥深いところで
「お母さんの思い通りになるもんか❗️」
って思ってたんだね。
変な方向に頑張っちゃったね。
お母さんが私を「跡取り」にする事に執着したのには意味が有った。
でもそれは、「お母さんの課題」であって
私の課題じゃない。
もう「お母さんの課題」は、切り離そう❗️
お母さんは、
自分の人生を精一杯生きたんだ。
私は、私の人生を生きて行こう❣️
親の為の人生では無く、
私の人生を
私自身が もっともっと幸せになれる様に。
自分を大切にしてあげよう。
楽しいと思える事をして
嬉しいなぁ〜と思える事を大切にして
日々の暮らしの中にある ささやかな幸せに感謝して。
私が喜ぶ事をして行こう。
私は、幸せになっていい❣️
♡子どもの気持ちを大切にしたい
♡子どもだった時のあなたの気持ちを大切にしたい
お隣さんからお裾分けで頂いた、大きな柿☺️
たっぷりの果汁が じゅわ〜っと広がって
と〜っても甘いの💕
美味しい柿をお裾分けしてくれるお隣さんの気持ちに感謝🥰
毎日、ささやかな幸せに包まれている事に感謝💕
【 残席 2名さま 】
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