こんにちは。![]()
毎日暑いですね!![]()
台風も近づいているようで 気になりますね!
もうすぐ お盆ですね
お盆になると 両親のことを思い出します
両親とも すでに他界して11年・12年
早いものです
私は両親とは 縁が薄いというか・・・。
親の反対がある中 24歳で再婚し
その結果
勘当になりました![]()
勘当が解けたのは
主人の葬儀の翌日でした
母が一言
「良く頑張ったね・・・・。」
我慢していた涙が 溢れました・・・。
でも、再会も15分程度で 帰ってしまった・・・。
やはり、 16年間と言う長い時間は
親子の関係も
ギクシャク して 空気も重く
居心地の悪いものだったように思いました
そして・・・数か月後。
父から電話があって、
「お母さんが玄関で意識を失ってる
M病院に搬送された
来てほしいと・・・。」
夜の22時頃でした
慌てて 病院に駆けつけると
「何しに来たん?もう、家に帰る!」
手を差し出す 私を振り切り
「お父さんに抱えてもらって 車に乗るから
いらない!」
と・・・・。![]()
父の顔は 申し訳ないような感じでした
母は 私と同じ
「肥大型心筋症」でした
程度は重く いつどこで 気絶するか・・・・。
突然死の可能性 大 と言われていました
ある日
父からの電話
平成17年7月22日でした
「お母さんが死んでしまった・・・。
仕事から帰って来たら ソファーで死んでいた・・・。」
電話でも 父の動揺は よくわかりました
すぐに飛んでいくと
警察の現場検証が始まっていました
母は 午前中は 友人と長電話
その後
TVを見ながら 横になっていて
そのまま 旅だったようです
何て 幸せな死に方なんだろう
と
思いました
母の人生
17歳の高校生で父と付き合い
19歳で 恋愛結婚
海側の地域から 山奥へ嫁ぎ 苦労もあったと思います
母の手は 固く農作業で 男性のような手になっていました
生前
母が 豹変した時期があります
それは 更年期
自律神経失調症
こう判断されてから 性格が変わっていきました
わが子でも 自分に反抗すれば
縁を絶っていく
私も 弟もです
いちばん仲の良い 自分の姉も
縁を切ってしまいました
結局、母に反抗しない 友人と 父だけの世界が
母の世界になりました
現在のように 神経内科で 見ていただいていたら
家族がバラバラにならなかったと思います
母が亡くなった後
母の一周忌が済んだあと
初盆の時に 父が体調を崩し
病院で診断されたのは
「膵臓がん の末期」
8月5日に実家に呼ばれて
父の様子がおかしく
病院を進めた結果でした
8月末に 入院 9月に手術
摘出したガンは ダチョウの卵位な大きさでした
すでに 肺に転移
亡くなるまで 痛みに苦しんで 苦しんだ父
「そこのタオルで 首を絞めて 殺してくれ~!」
父の叫びが 今も忘れられません
平成18年11月2日
61歳で 旅立ちました
母の死から 1年後の出来事でした
今では お空の上で
生前同様に 二人仲良くしてくれていると思います
父が 最後に 言ってくれた言葉
「お母さんが間違っていると 思っていた
でもな、
家では 二人で暮らしているんや
仲良く暮らそうと思うと 言葉が出なかった
お前や(メル) 弟には 辛い思いを させてしまった。
すまなかった・・・。」
と・・・・。
その一言で
私の凍っていた心も
溶けてゆきました。
母に 文句の一つも言いかかったけど
言えなくてよかった。
と
思っています
先日 母が夢に出てきました
事務所で ウトウト お昼寝中に・・・・。
やっぱり・・・、
「何しに来たん? あんたの来るところちゃうやろ?
帰りっ!」
ピシャっとw
相変わらず キツイ 母の言葉・・・・。
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やっぱり・・・、トラウマなんかなぁ・・・。
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次回は 笑顔で夢に出てきてほしいものです
天国で 父と二人 楽しく暮らしてくれることを
信じて
私も 元気に頑張っていかないとね!
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お盆になると
父を思い出し 母も思い出す
種類は違うけれど
ガンで 私も戦っています
父の分も母の分も 主人の分も
長生きします!
穏やかな 生活ができますように・・・・。
明日は 仏壇の掃除して
お盆の準備です
お盆には実家のお墓参りもして
大好きだった お花をたくさんお供えしてきます
今日も最後まで読んでくださって
ありがとうございました。
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では・・・。また次回に・・・・。
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