ブログには 私の勝手な思いを書いてしまいます

内容によっては 不快に思われることも

あるかもしれませんが ご了承ください

ぺこり

 

 

 

昨日のブログは

私の愚痴を書いてしまったのですが

 

コメントを読ませていただき

すごく

 

 

反省中

ショボーンショボーンショボーンショボーンショボーンショボーン

 

 

 

夜 入浴お風呂*しながら

ゆっくり 自分を見つめてみました

 

 

 

よーく 考えてみたら

 

「動いてない!」ガーン

 

というか・・・

 

「動けなかった!」ショボーン

 

 

言い訳になっちゃうけど

吐き気や倦怠感が止まらず

 

悪循環が 何重にも重なって

動けなかった

ショボーン

 

 

50m先の お隣さんに回覧板を持っていくだけで

息切れして 休憩させてもらい

 

浮腫みが出てからは

歩く 一歩が重くて重くて・・・。

両足首に 500g~1kgの重りつけてる感じ

(体重が1~2kg増えてます)

 

 

自分に甘えていたんですよね・・・。

ショボーン

 

 

もっと、動いて運動しないとだめですね

食事も 考え直して

実行していかないと・・・。

 

 

もっと、もっと、以前から 頑張らないといけなかった

 

 

 

自分の意志が弱いんです

副作用を理由にして 逃げていたんです

えーん

 

そして

 

 

気持ちの凹み・・・・。

ショボーン

 

 

自分が乳がんになって

外見が変わっていく姿が

情けなくて 仕方がなかった

 

今でも 受け入れれない

髪の毛のない頭

鏡に映る姿は いまだに涙が出てしまう

 

禿た頭を見たくないので

寝る時も ケア帽子は 必需品

暑くても ウィッグは離せない

 

 

メンタル的に 強いと思っていたけど

 

自分のことになると

気持ちは凹んだまま・・・・。

 

 

いつからこんなに弱くなったのかな?

えーん

 

 

 

自分のこれまでを振り返ると いろんな困難を乗り越えて

メンタル的には大丈夫って

思っていたんだけどね・・・。

 

 

 

24歳で主人と再婚し

ステップファミリーの苦労も頑張ってきました

28歳で 主人が脳出血で倒れ

ICUに入っていた時も 入院時も

身内は誰も協力してくれず

一人で頑張ってきました

 

 

パニックになって メソメソ泣くのができたのは

倒れた日から3日間だけ

 

 

4日目から 

「通常の生活に戻って仕事をしてほしい」

従業員が言ってきました

 

それまで

専業主婦で 商売の手伝いをしていただけなのに

主人の代役を

未経験の私がしないといけない様になりました

 

 

主人はまだICUの中

仮眠室を5時に出て 夜勤の看護師さんに

主人のことをお願いして

まだ暗い中 帰宅し

子供たちの 食事の用意

家事をして

仕事もして

夕食の用意して

18時には 自宅を出て病院の仮眠室へ行く

自分の入浴時間もなく

一週間に一度しか入れなかった

冬だったからよかったけど・・・。

 

 

ICUを出て一般病棟になっても同じで

25年前は ベッドの横に

折り畳みベッドを置いて

付き添いを4か月

休んだのは 40度の熱を出した時だけ

 

その後、

主人は

県立リハビリセンターへ 9か月間入院

週3回1時間をかけて病院へ様子も見に行き

その間に

自宅のリフォーム

 

車いすの生活ができるように・・・。自宅を改造

本当にお金があっという間に消えていく・・・。

 

福祉と言っても 今とは大違い

 

アドバイスも何も頼よるとろがない

自分で判断 自分で考えて

前を向くしかなかった

 

この時期の 子供との記憶は真っ白で

未だに 思い出が何も思い浮かびません

 

主人と病院の記憶は少しあります

 

 

主人が自宅に持ってきてからの方が大変で

介護のすべてが 

私の背中にのしかかりました

 

 

嚥下障害があるので

誤飲で肺炎にならないように

刻み食にとろみをつけて・・・。

 

麻痺ではないけれど

失調症の体でできないことの方が多い

 

 

その介護や介助は24時間

 

 

現在のように 介護保険もなく

助けてもらえる施設もヘルパー制度もありませんでした

 

 

もちろん 身内は誰も・・・。

 

 

平成13年に介護保険が導入されて

主人は入浴だけ 通ってくれて

少し 負担が軽減したけれど

 

子供たちの思春期

反抗期で 問題も出てくる

ステップファミリーの娘は難しい年頃

 

 

 

 

 

介護生活も 12年目のある日

 

 

 

 

 

主人が 自ら命を絶った・・・・。

 

 

 

 

今、考えると 「うつ状態」が続いていました

でも

知識も何も 当時の私にはありませんでした

 

 

突然の主人の死で

悲しみに泣いていることも

今回も許されませんでした

 

 

葬儀の準備

会社の方はどうする・・・。

 

田舎では 葬儀会館はメジャーではなく

自宅で 準備

 

 

思いっきり泣けたのは

誰もいなくなった

深夜でした

 

 

 

その後

 7か月後に 義母も亡くなり

ここから

義姉との相続紛争が本格的に始まります

 

 

後妻は出ていけと・・・。

子供も産んでいないんだから・・・。

名義は義父のなんだから 権利はない!

 

 

主人の生前から 揉めてのですが

解決するまで

20年かかりました

 

 

 

調停から 裁判を経て

こちらの勝訴

 

平成25年のことです

ようやく 長かった苦しみから解放されました

 

 

 

 

 人生の長い時間が過ぎました

 

 

苦しみや 心労から

頑張ってくれていた心臓も 

限界になり 26年に 手術

 

 

自宅も建て替え  息子も結婚し

これから・・と いう時に・・・。

 

 

平成28年 12月 乳がん発病・・・。

どうして・・・。ショボーン

思う気持ちもあります

 

 

でも、

 

 

今まで頑張れてきたんだもの

今回も

頑張って 乗り越えないと・・・・。

 

 

弱音や逃げていたのではだめですね

 

まだまだ、頑張って長生きしたいです

 

孫も女の子が生まれて

赤ちゃん

現在4か月

とってもかわいいです

 

 

 

 

自分を見つめて

Y先生や コメントを頂いた方のご意見

素直に受け入れて 反省や改善をして

頑張っていきたいと思います

 

 

 

副作用に逃げないで 頑張ります

ニコニコ

 

 

今日も最後まで読んでくださって

ありがとうございました!

おねがい

 

では・・・。また次回に・・・・。

おねがいバイバイ