また、少し乱暴的な言葉も出てきますのでご了承下さい。
今迄、ブログで何度か命について書いてきました。
限りある命だから大切にしてほしいと。
これから書くことは私の体験談です。
いじめについて書きます。
昔からいじめは無くならくて私自身心を痛めています。
私の頃のいじめと今のいじめは少し違うと思いますが…
私がいじめを受けたのは小学生4年生から中学生2年生まで続きました。
小学生の頃は気管支喘息で毎日のように学校へ行く前と帰ってから喘息の発作を少しでも抑える為に注射を打ちに行って学校にはいつも遅れて行っていました。
喘息は酷くて体育の時間はいつも見学でその頃の私は大人しくて。
いじめのターゲットになりました。
最初は毎日のように学校で物が無くなっていったのです。
筆箱、体操服、上履き、靴。
毎朝教室の私の机にはチョークで落書きが書いてあったり。
小学生の時、勇気を出して担任の先生に
そのことを話したら信じられない言葉が返ってきました。
「いじめられるあなたにも原因があるんじゃないの」
話すんじゃなかった…
誰も私の味方はいない。
それから靴の中に押しピンが何個も入っていると気付かずに履いて片足を引き摺りながら帰って行く姿をいじめっ子達は笑いながら見ていました。
どうしてここまで…
悲しみよりも怒りが込み上げて。
帰って血が着いた靴下と靴をこっそりと洗いました。
母には心配させたくなかったので。
靴が無くなって上履きで家まで帰った時に父は凄い剣幕で学校に怒鳴り込もうとしたので私が必死に止めたんです。
そんなことしたらもっといじめが酷くなるからやめて!と…
私が我慢すればいいんだと。
子供は時に残酷です。
外傷は治っても心の傷は一生残ります。
中学生になったらきっといじめは無くなると思っていました。
でも無くならなかった。
同じクラスに小学生の時のいじめっ子がいたんです。
小学生の時は男子だけだったのが女子にまでいじめられるようになって毎日がただ苦しくて登校拒否もしました。
あの頃の私には学校にも家にも居場所は無くて孤独でした。
何度死んだ方が楽だと思ったか分かりません。
あの頃の私はとても弱くただ泣くばかりでした。
中学2年生の時に担任の先生から
「もう一度先生と頑張ってみないか」
先生だけは私を見てくれたんだ。
涙がボロボロ溢れて…
本当に嬉しかった!
先生はいつも優しい言葉をかけていてくれていたのに小学生の時の先生の言葉がトラウマになって誰も信じれなくなっていました。
もっと強くならなきゃ!
変わらないといけないと思いました。
それからの私は何かを言われても言い返すことができる本来の自分を出せるようになりました。
時には、ふざけんじゃねぇ!
って言ってみんな驚いて私へのいじめは無くなりました。
私は先生のお陰で強い自分を出すことができました。
でも、大人になっても心を閉ざしているところがありました。
もう誰も信じたくない、傷つくことに知らないうちに心がバリアをしていたんだと思います。
そんな凍った心を少しづつ溶かしてくれたのが主人でした。
憎しみを抱いていたらずっと暗闇の中から抜け出せなかったかもしれません。
きっと神様が心から笑えるようにと最高のプレゼントを贈ってくれたのだと思っています。
今、いじめで苦しんでいる子供達へ…
今はとても辛くて辛くて生きることが嫌かもしれません。
でも自ら命を絶ってほしくはないんです。
みんなと同じレールを歩かなくても遠回りしてもいいと思っています。
あなたの未来に笑える日が来ることを私は願っています。
弁論大会で私が最後に言った言葉。
「もう、いじめなんてやめませんか!」
長々と読んで頂き有難うございます。