濃霧と小雨のなか、バンジージャンプに行った。

 

下見したとき晴れていたこの橋も、

 

昨日は、濃霧で橋さえも半分しか見えない。

 

 

事務所で受付をしてお金を払い、誓約書にサイン。体重を計って、バンジー台へ歩いて移動。

ハーネスをつけ、ジャンプのやり方を教わった。

 

まだここは橋の上。手すりを乗り越えると、橋からせり出したバンジー台。

 

手すりを乗り越え、バンジー台で、ジャンプするタイミングなどの練習がある。

 

台の端っこへ誘われ、「つま先をもうちょっと(外へ)出して」とか言われてたよ。

 

ジャンプのカウントダウンは8ビートだった。

「ファイブフォースリートゥワンGoバンジー」

で、あっさり飛んで行った。

そして、すぐにウィンチで引き上げられて戻ってきた。

 

 

わたしの番になった。ハーネスは言われるがままつけてたけど、飛ぶ気持ちは湧かなかったというか、なにが怖いのかさっぱりわからなかったけど、体が逃げていた。

「あそこから前に出るだけ」ってわかってても、その瞬間おもいきり後悔することもわかってた。

 

「待って」

次の人に先に飛んでもらった。その人は「えー、怖い」と言いながら、8ビートのカウントダウンであっさりジャンプ。その次の人も同じ。

 

なぜ飛べるんだろう。って考えちゃった。

 

夫が「おまえ、飛んだ瞬間、気を失うかも」と言った。

そういうふうに見えるのかと思った。

 

 

わたしは結局、ハーネスをつけただけ。飛ばなかった。

橋からせり出した台に立ったけど、そして網目から下を見たけど(怖くなかった)、ジャンプしようとは微塵も思わなかった。

 

タイムオーバー。ハーネスを外された。

 

 

バンジーを6月中にすると決まったのが、下見するちょっと前だった。

一か月、ほぼ毎日、バンジージャンプする恐怖を、ひとりで掘り下げた。1つ、また1つ、恐怖の根っこを見つけていった。いますぐ飛べそう!って思うことも、たびたびあった。

だから、いざその日が来て、その瞬間が近づくにつれどんどん緊張が高まって、とうとう体が逃げたことが、頭では理解できなかった。なんで?

 

 

目の前で、夫を含め3人が次々と飛んで行った。3人とも、最初のカウントで飛んだのだ。

 

 

帰るクルマの中で「あれが仕事だったらわたしでも飛んだのかな」という疑問が過った。

飛ぶのかもしれない。仕事なら。でも、プライベートだから、自由だから、飛ばないんだ。

 

 

ものすごい高所恐怖症なのに、申し込んで、お金も払って、ハーネスもつけた。台に立った。すごいな、わたし。そう思った。

心屋ぢんさんが「バンジーする」と例えるさまざまな行動なら、わたしはいくつもやっている。だから本物のバンジーも飛べると思ったのかも。

 

飛ばなくても、わたしの価値は損なわれなかった。

マイナス方向の変化はなかった。

わたしは大丈夫だと確認できた。

 

 

 

夫は今回、あることを決めて、実行するための儀式としてバンジーした。

飛ぶ時期の人が飛ぶんだな、と感じた。

わたしもいつかバンジーするかもしれないけど、いまじゃないんだ、とわかった。

 

 

 

1年以内なら再挑戦できるという。

来年の昨日まで、わたしはバンジーする恐怖を掘り下げ続けるだろう。

 

夫は「次回、もっとかっこよくジャンプする」と言っている。もともと、高い場所も平気なのだ。

 

 

 

夫によると

・飛ぶことは怖くなかった

・落ちるのが怖かった。奈落に落ちる感じだった

・『死ぬかと思った』的な経験は何度もしてきたけど『死んだ』と思ったのは初めてだった。

 

実はわたしも「飛ぶことならできる」と感じてた。ただ、先ほども書いたように、飛んだ瞬間、ものすごい後悔をするだろうと思った。

 

 

 

半年以内に、今度はもうちょっと大人数でバンジーに行くことになるみたい。

「リベンジのチャンスだぞ」と夫が微笑む。

「再チャレンジしていいんだったら、飛べばいいじゃん」と、友人が言う。

でもきっと、わたしはまた、バンジー台まで行ってハーネスをつけて終わるだろう。

 

それでもいいんだ。

 

だって、

バンジーを飛ばなくても、

わたしは大丈夫だし、

損なわれることもないって、

もう知ってるからね

(*‘∀‘)

 

 

このチャレンジ、楽しかったよ~!