ETVで、今夜、不登校の親を取り上げてた。

『ウワサの保護者会「不登校 親の悩み」』

https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2019-03-02&ch=31&eid=9623&f=3465

 

出演者は、尾木ママ、現役登校な子のお母さん3人(4人?)、

元不登校(退役)のお母さん3人(顔出し)、

不登校児のなんか(NPOみたいな)をやっている女性だった

(あとで調べたら、NPO法人東京シューレ理事長の

奥地圭子さんという方だそう)。

 

もううちのムスメは不登校じゃない。

だけど、もう不登校じゃないからこそ見てみた。

少しは穏やかに観られそうなので。

 


現役不登校のお母さんたちは

「朝から晩までゲームしてます」

「昼と夜が逆転しています」とか、

不安や悩みを語る。

退役不登校のお母さんたちは、

穏やかに言葉を紡ぐ。

専門家がVTRで専門的見地を語る。

そんな番組だった。

 


そこへ、ムスメがアルバイトから帰宅した。

夫はうたた寝をしていたから、2人で番組を観た。


「わたしはさぁ、あのころ、ちょっと逃げてたんだよね。

 会社に行くときあなたが起きてこなくてさ。

    途方に暮れて。最後は『あー、わー、

    聞こえない、わからなーい』みたいな感じで、

 ちょっと会社に逃げてたかも」

「そうなの?」と言ったムスメの表情が、

“ちょっとショック”みたいに見えた。

 

「近所で誰かがなんか言ってても、

 会社行ってると聞こえてこないじゃん? それは楽だったね」

「それはそうだろうね」

当時、他人の目が気になってた。

父や母の目も。辛かったなー。

 

わたしの母はかなり現実的なので、

不登校のことでムスメを責めなかったらしい。

行かないっていうものを無理強いしても

しょうがないということだろうな。

明るく「こまったわねえ」くらいだった。


わたしのことも責めなかった。

仕事から帰ると、世間話でもするかのように

「きょうも家にいたわよ」と話してくれることがある程度だった。
 

けれど父は違った。

「学校に行け!」と何度もムスメに迫ったらしい。ひー! 

でも想像できるの。

だって、わたしがうつ病でダウンしたとき

「めしを食え! 起きろ! 朝だ!」と

何度も何度も言ってた(怒ってた?)もん。

家族のうつ病を受け入れられない人って、

不登校も受け入れられないだろうなー。

 

「あの頃、パパと会社と心屋仁之助がいなかったら

 頭がおかしくなってたかも」


夫も、わたしやムスメを責めなかった。

どう思ってたか訊ねたことはないけど、

責めてもどうしようもないと思ってたのかもしれない。

 

ぢんさんは当時も書いてた。

大丈夫、って。

自分の子どもを舐めるな、って。

 

ブログを繰り返し読んでいたら、

「心配するっていうことは、

 相手を信じてないっていうことらしい」

と、少し理解できるようになった。


わたし、赤ん坊だったムスメに

だいじょうぶ、大丈夫

って子守唄を作って歌ってた!

 

「パパいたし、あと指導教室に通ってたから」

指導教室というのは、不登校のコが通う公立の場。

教育委員会が設置するのかな。

文科省に説明があった(←いま知ったwww)

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/04121502/018.htm

 

夫とはまだいっしょに暮らしてなかったけど、

不登校になったと知って、ときどき家に呼んで

楽しくごはんを食べさせてくれてた。

※ムスメは拒食の傾向と嘔吐があった。

 

わたしは

「学校に行かれないのは

 わたしにとって困ったことだけど、

 それはともかく、

    世界(世間)が広いということを

 知ってくれたらなー」

と思っていたから、

彼がムスメを家に呼ぶことがありがたかった。

家にいれば、父の無言・有言の圧を感じてしまうのは明白だったから、

ボーッとできる場に身を置けるということにホッとした。

 

指導教室という存在を学校で聞かされたムスメが

「行ってみたい」と即答したと知ったとき、

ホッとしたことを憶えている。

交通費がかかろうが、お弁当が必要だろうが

行きたいのならいくらでも協力したいと思った。

 

 


番組では、退役不登校の人がVTRに出てきて、

退役のきっかけを話してた。

「(中学を卒業して)“行かなきゃいけない”がなくなって、

 自転車に乗ったり好きなことをしてるうちに、

 誰かと何かしたくなった」

みたいなことを言ってたと思う。

 

不登校が通う場のことをお母さんから聞いてたから、

そこへ行ってみたとか。バンド活動に夢中になったとか。

 

 

「大丈夫なんだよね。ほうっておいても。

 あなたもエネルギー有り余ってたでしょ?

 ほうっておいてもそのうちなんか始めるんだよね」

 

 

 

 

とにかく当時は、大丈夫だとは到底思えなかった。

 

ムスメの将来が心配でたまらなかった。

それと同じくらい、ダメな親だと言われている気がしてつらかった。

 

ぢんさんの本やブログを読むようになって

「大丈夫っていうことにしよう」と決めた。

初めは単なる逃げだったかもしれない。

大丈夫っていうことにしないと、やってられなかった。

 

そのうちに、本当に大丈夫になったんだ。

ムスメは楽しそうに指導教室へ通うようになって、

ときどき遊びに来る指導教室の先輩たちから

いろいろ話を聞いたそうだ。

「高校に行った人もいたよ」

「へー。不登校にならずに行ってるんだ」

「うん。楽しいって」

そして高校へ入学したし、卒業後は進学する。