北海道地震の際 自分の家が IHで調理をして 炊飯ジャーで 御飯を炊いていたことに 改めて気がついた
あの頃は カセットコンロも無かったので 御飯が炊けず 知人が 一度 🍙を差し入れしてくれたが スーパーやコンビニの棚から 食品が消えたが 運よく近くの八百屋さんが 開いていて 野菜と果物が買えた。
キュウリ トマト バナナ ゼリー お菓子などで 数日 お腹を満たしたが 勿論 お風呂にも入れないし 水道が止まるかもしれないという情報もあって 大慌てだった。
ペットボトルの水は 多めにはあったが もし八百屋さんが閉まっていて 水道が止まってしまい 水の買い置きが無かったら 大変なことになっていたなと思う。
余震が来るかもしれない時には ろうそくは危険なので使わない方が良いと思ったし ろうそくの炎は ゆらゆらとするので 本なども読みずらく 寝るまでの時間が 苦痛でしかなかった。
生活のほぼ全てが電気ありきの仕様になってしまっていることの危険性を思い知らされた
唯一の救いは あれが 冬ではなかったことだ。
ストーブが使えない状態で冬期間であれば 凍死者が出ただろうと言われたが その通りだと思う。
人類が電気だけに頼って生活するように 仕向けることは 人々を守ることには ならないことは明白である
政府は全く 頼れないということを 肝に銘じて 普段からの 準備が 必要だと思う。
いかに電気に頼る生活が いざという時には 不便極まりないものかを あの地震で思い知らされたと思う。
昔の生活の仕方を見習うべきだと つくづく思ったものだった。
今回の冬の間の半年 冷蔵庫の電源を切って 冷蔵庫無しの生活を送れた
洗濯物を手で洗う回数も増えた
掃除機も使わなくとも 箒で掃けば良い
考えもなく 炊飯ジャーの保温を長い時間入れっぱなしにしていたことも 辞めた
色々な工夫をすれば それほど 不自由もなく案外と過ごせることを実感した
今の世界情勢は確かに 非常に 不安定であり 不自由を感じることもあると思うが 自分の生活全般を 棚卸しして 無駄なことを辞めてみる良い機会と 捉えることも良いのではと思っている。