今までの人生で培ったっていうと、良い事のように聴こえるかもだけど…
感じ方のクセ?みたいなものが長年の積み重ねでついてるなって最近気づきました
どうゆうことかというと…
私は常に、何か好きな物や好きな人
ファンになった物や場所や人
全てにおいて
これ以上ハマらないように…
これ以上夢中にならないように…
ハマりすぎてオタクの域にいったら恥ずかしい
…
とか、いい歳してみっともない…
どこまでいってしまうのか、
自分でも恐くて無意識にブレーキをかけてたなぁって
お金もどこまでつぎ込んでしまうのかも恐かったし…
そして、1番は両親の目だったなと…
私がジャニーズが大好きでコンサートに行っていた時に、ワクワクしてコンサートに向かう私に両親の目は冷たくて、私は白い目で見られて
いるように感じてました
でも、今思えば両親は何かに夢中になって楽しんだことがなかったから
そんな、私が信じられないし羨ましかったのかなとも思うし
あとは単純に心配だったのかも…
それと
いいね!行ってらっしゃい!楽しんで!って言われなかったことが私は嫌で
勝手に自分が望む反応を期待して、その反応しなかったことが単純に勝手に嫌だっただけだと
今なら分かる
私には私の、両親には両親の感じ方や言葉
趣味嗜好があっただけの話
共感してもらえないことに、勝手に拗ねてただけ
今でも出ることがあるけれど、
共感してもらえないこと
って一瞬価値の無いことのように感じてしまうこともあるけれど
いやいやいや❗️
違って当然だから❗️❗️

100人いたら100通り❗️
当たり前だけど
趣味嗜好は違うから❗️
共感されなかったとしても
私の価値は変わらない
むしろ、私にしか分からない感動がそこには
あるって喜んだ方がいいよね
これ忘れちゃいかんなと思う
そんな感じだから、何かにどっぷり、たっぷり夢中になってハマるってことがなかった
だから、自分でブレーキかけてるにも関わらず
夢中に楽しんでいる人を見ると羨ましくてしかたなかった
好きなクセにどっかで冷めた目で見ちゃう自分が自分でつまらなかったなぁ…
この今まで培った感じ方のクセがあることで
今、感じるエネルギーを出そう❗️
の『ヘルツ週間』をやるうえでまだまだ感じれてないなぁ…と
これクセかな?と実験中です
