これ前回の記事のまたまた続きです
どうにも、こうにも生きる希望を失い
いつ死んでもいいや
ってか早く人生終りたい
辛すぎる
って
だいぶネガティブなんですけど
そんな時に、前回記事にも書いた3人の方にブログや著書で出逢いました
『HAPPYちゃん、現さちまるちゃん』
『心屋仁之助さん』
『子宮委員長はるちゃん、現、八木さやちゃん』
色々助けられたし、何度勇気を貰ったことか
やっぱり、体現してる人の言葉って嘘がないし
言葉にエネルギーがあるし
力強い
どんな世界でも、『自分の意志で行動し体感し何かを得た人には自分の軸がしっかりある、そして揺るぎない』
それは、最初自分の為だったかもしれないけれど、自分が満たされてくると自然に他者へ豊かさを共有しようとしてくれている事が伝わってくる
頑張って頑張って頑張って
我慢して我慢して我慢して
世間に認められる生き方をしてきた
常識に反しない社会人として反しないように生きてきた人からは
決して溢れてこないだろう優しさと強さ
をわけてくれる
実際、親からは躾と心配と親の責任とゆう愛情で溢れていて
それは、あまりに重くて痛い愛情だったな
そして、親をみてこんな生活したいな
楽しそうだな、豊だなと思えなかった
でも、この3人は違った
そして、何度目かの転職をへて今に至る私
社会不適合な事を認めて諦めて
でも、そんな自分で生きていくすべがいつまでも見いだせず
他人への頼り方も分からず
八木さやちゃんの様に自分で稼いで生きていきたいと願うものの
どうやったら良いか分からない
とりあえず、アメブロはじめてインスタはじめて、Twitterはじめてみたものの…
何も見えてこない
ここまで、自分から1から造ること産み出すことって分からないんだ…
今まで、ずっと与えられたもの、与えられた仕事をしてきたことを思いしる
自分の生き方に価値を見出だす…
ってなんだろう
作家のはあちゅうさんも好きでブログを良く拝見させて頂いているけれど、八木さやちゃん同様、自分を仕事にして生きている
すごいなぁと思うばかり
やはり、共感や賛同、応援ばかりでなく批判もたくさん来る中で、でも、自分を表現して生きていくことをやめない
結局、人の目、世間の目、親の目を気にしている限りはいつまでたっても自分業では生きていけないのだろうな
人の目、世間の目って全部発端は親の目
だと、私は思う
色々ぐちゃぐちゃ思考が頭の中でこんがらがってる気がして
思考の断捨離したい
いらない思考はもう捨てたい
断捨離って
本当に自分が必要としてるものは何なのか
本当に欲しいものは何なのか
人の目を気にした、自分を取り繕う為のもの
自分を良く見せようとする為のものは捨てて
もう一度
自分の心から欲しいと思う洋服はどんなものか
流行に流されてちょっとお洒落に見えるからと買ったものじゃないか
自分の好きやときめきは変化するものだから
好きと思っていたものがもう違うかもしれない
今好きなものはなんなのか
ストレス発散の為に買ってないか
本当に自分の喜びの為に必要としているのか
そこを見極めて、整理していくことが
断捨離なんじゃないか
と思った
厳選された好きなものに囲まれたい