少しピークを過ぎたが、
今、我が家の庭には紫蘭(しらん)が花盛り。
さほど手入れもしないのに、
この何年かで、どんどん増えていった。
野性的な増え方をするけれど、
やはり蘭だけあって、とても華やかできれいだ。
そして…
この花を見ると、必ず思い出すことがある。
それは、今から半世紀ほど前の(…(-_-;))
私が小学校1年生の時のこの季節。
同じクラスのMちゃんが、
家からこの紫蘭の花を、教室に飾るために持って来た。
担任のT先生が、「きれいな花やね。何ていう花?」と尋ねた。
Mちゃんは、「しらん」と答えた。
すると、いつもやさしいT先生が厳しい声で、
「しらんとは何て言い方ですか!」と怒った。
「しらん…」
Mちゃんは「紫蘭(しらん)」と言い、
先生は「知らん(しらん)」と聞き…、
すぐに先生は誤解に気づき、その場は収まった。
Mちゃんは困った顔をし、
その後、泣き笑いみたいな表情になった。
見守る私たちもホッとして、そして笑った。
先生はそれでも、
「『しらん』なんて言いっ放しはいけないよ。
ちゃんと『…です』をつけなさい。」
というようなことを言われたように覚えている。
特別に厳しい先生ではなかったけれど、
私たちが小学生の頃は、幼い1年生であっても、
敬語、少なくともていねいに話すことを
厳しく指導されていたのだ。
T先生と私はその後、長い間、年賀状でのおつきあいが続いた。
私は進学や就職、結婚や出産など、
その都度、いろんな報告をした。
そして、先生からいつもやさしい言葉を返してもらった。
けれども、今から10年ほど前だろうか、
「高齢なので、今年でおしまいにしますね」という
年賀状を最後に、おつきあいが途絶えた。
私たちが小学生の頃、
先生はたぶん、50代だったと思う。
だから、本当にご高齢だったのだ。
今はもう、ご存命ではないかも知れない…。
先生はなし崩しにせず、潔く、意図的に、
見事におつきあいの断捨離をされた。
ご自宅も移られたようだった。
人生の幕引き…、
人生の断捨離…。
その決心をするのに、
どんなに勇気が要ったことだろう。
あのさらさらと書かれた、達筆の年賀状、
いつもやさしく、長い間、私を励ましてくれた先生。
年賀状は来なくなっても、
先生の生き方のメッセージは、
今、しっかりと強烈に、私に届いている。
毎年、紫蘭が咲くと、先生を思い出す。
Mちゃんや、同級生を思い出す。
今はもう、なくなってしまった校舎を思い出す。
1年生だった私、そしてあの頃のことを思い出す。
紫蘭は強くて、きれいで、華やかで、
りんとした気品と、清々しさと、潔さを感じさせる花だ。
そして私にとって、大切な思い出の花だ。
庭の紫蘭を玄関に…
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