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訪問していただきまして
ありがとうございます😌
“つなぐ” “むすぶ” “つたえる”
『ありのままの自分で生きる』
本日も、最後までお付き合いいただきまして
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“つなぐ” “むすぶ” “つたえる”
『ありのままの自分で生きる』
を応援する
声葉のライフストーリー② に続きます
🌱声葉(おとは)🌱です🤗
本日は
新しくブログを見に来てくださった
方✨
✨にも
知り合いにはなったけど
改めて
声葉って、一体どんな人
?
という方の為にも
大体こんな人生を送ってきました😅
のライフストーリーを少しずつ
お伝えしてみようと思います。
書いていたら結構長くなったので🤣
何回かに分けています。
幼少期から今までにあった
これでも💦ダイジェストストーリー
未熟な部分も正直に書いてます(笑)
今までの私の歴史なので😅
色々あったなぁ…と思い返しながら。
今ではすべて
それぞれが過去の1ページですので
ご安心ください
お時間のある時に
読んでいただけたら
嬉しいです🍀
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私は現在、つなぐ☆むすぶ☆つたえる
『ありのままの自分で生きる』を応援する
声葉(おとは)として
活動をさせていただいています
今でこそ、このように皆さまの
“ありのままの自分で生きる”を
サポートしようと
心に決めて活動していますが✨
ここに至るまでには
様々な道のりがありました。
本日は、声葉ってどんな人?のストーリーに
お付き合いいただければ嬉しく思います。
幼い頃、田舎で祖父母と同居の暮らしを
していた私は、よくありがちな
母と祖母の嫁姑の仲が悪い家庭で育ちました。
物心ついた時から、大人の顔色を窺い
どうすれば怒られずに済むのか💦
誰の言うことを聞けば平穏に暮らせるのかを
感じ取る子供でした。
手のかからない良い子と言われることが
褒め言葉であり
それが私なのだと信じ
たまに自分の意見を強く主張すると
母に『困ったちゃんだね』と言われ
それがたまらなくイヤで
常に良い子だと褒められたくて
勉強も頑張り
できるだけ困らせるようなことは
言わない🙊子に育ちました。
父の仕事の都合で
7歳で田舎から突然大都会の東京へ引っ越し
田舎者だ、言葉が変だと
いじめに遭ったりもしましたが
母に心配をかけたくなくて
休み時間になると
図書室に駆け込んで本を読みあさり
気持ちを紛らわせていました📚️
一年後にクラス替えがあり
これでいじめられなくなる🎶と思ったけれど
前のクラスの子数人とは
再び同じクラスになったので
またいじめられ始め
これは自分が強く言わないと変わらない✊
と決心。
しっかりと自分の意見を言うことで
自力で克服。
そこからは良い子の本領発揮
小・中・高と正義の味方一直線
で
生きてきました。
相変わらず祖母との折り合いの悪い母は
幾度かの引っ越しで離れたにもかかわらず
祖母にされた仕打ち
や
父は助けてくれなかった…
などと
私が嫁姑とは何たるかを
理解できるようになった頃から
暇さえあれば聞かされ続けていたので
とにかく家にいるのが不快で🙉
高校時代は部活に明け暮れていました。
そんな中、高校3年生になり
進路を決める時期。
団塊世代ど真ん中の父は
『女には学問はいらん🙅』
『女の秀才よりも平凡な男を
会社は採用する。世の中はそんなもんや』
という考えの人だったので
積極的な支援も受けられず…
また情報も今ほどない時代だったので
選択肢はほぼなく💦
なぜ私は女性として生まれたのか…
日本では、そもそもの根底から
男性にはかなわないのか…😣と
スタート時から引かれた
見えない差別に愕然としました😱
その悔しい思いを胸に専門学校に入学し
絶対に男性に負けない🔥
自立した女性になる!と
その当時は意地もあって
様々な資格を取りまくったのでした。
20歳で病院へ就職🏥
自分一人で生きていこう!!
と思っていたのですが
はじめて心を許せる、本音を話せる
素のままの自分でいられると感じた
今の主人と自動車教習所で
出会いました🚗
この人とならお互いに話し合い
協力し合い、高め合えると感じて
遠距離交際の末
23歳で結婚
一路大阪へ
26歳で長女を出産
そこからは元来の良い子気質が
再び顔を出し
良い妻、良い母、良い嫁
良い人であろうと
努力をしていました💦
当時はそれが私で
自分を認めてもらえる唯一の強みだと
思っていたのと
何より…日々不満をふり撒き続ける
母のようにはなりたくなくて…
とにかく周りにいるすべての人に
認められたくて
あらゆることに意地になって
頑張っていました🔥🔥🔥
婚家からは
次は男の子を…
という
プレッシャーを受けながら
二人目不妊の治療の末
次女を31歳で出産。
男の子を産めなかった…という
罪悪感と自分責めがひどい時期でした。
せめて子供達を
誰にも文句を言われないくらい
立派に育てよう✊と躍起になり
(子供達にも可哀想なことをしました…
)
自己犠牲と無理を重ねた結果
自分で自分を攻撃してしまう
自己免疫疾患の『関節リウマチ』を
37歳で発症したのでした。
本日も、最後までお付き合いいただきまして
ありがとうございました
あまり積極的には発信しませんが
オイ!(゜o゜)\(-_-)ドンナヤネン(笑)
最新のセッション日程や
イベント情報等を
発信予定です🍀
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よろしくお願いいたします❣️


