声葉です。
前回記事のつづき
母として、自分がもっと気をつけて
いれば
彼女はこのような状態にならなかった
のではないかと
初めは自分自身を激しく責めました。
毎日、昼位にしか起きられず
起きても一時間くらいは動けず
動き出しても
まるでサダ子のように
這うようにして出てくる
そんな次女を見ながら
毎日を過ごす
学校には毎日電話。
今日も休みます…と連絡することさえ
辛かった日々。
プリント類などをもらいに
そして状況報告に
週に一度学校に行き
元気な同級生たちを見ながら
どうしてうちの娘が
ここにいないんだろう…と
泣いてばかりいました…
自分の娘すら楽にできない私は
ヒーラーとして失格。
仕事も全て辞めて
彼女のそばにいようと
思っていました…が
止められました。
次女本人に。
そんなに辛い状況で
毎日、物言わぬロウ人形のように
同じ場所に座り
魂が抜けたような顔をして
「お母さん、生きるのが辛いよ…」
とまで言っていた、彼女自身が
「お母さん、私の為に自分を
犠牲にするのは止めてほしい。
お母さんはお母さんの人生を
生きてほしい」
と言われました。
…衝撃でした。
くしくもその時、私は
宇宙数秘学を学びを深めていた
ところでした。
彼女の数字を見て
また、宇宙数秘学創始者の
代表からの
アドバイスをいただいて
私は、彼女の治癒力を信じて
待つことができるようになりました。
もちろん、時々、本当にこれで良いのか?
私の選択は正しかったのか?
悩むことも、挫けそうなことも
何度もありました。
主人と話し合い
主人と私の両親には
病気のこと、学校に行けないことは
伏せていました。
遠方で高齢、病身の両親には
話したことで私たちは少し心の負担が
減るかもしれないけど
代わりにその分を背負わせて
しまうかもと思ったことと
もし話して「今、どんな状況なの?」と
聞かれても
そんな事、誰よりも私が知りたいわ!!と
言ってしまいそうな気もしました。
家族と周りの沢山の友人に
支えられた3年間。
何とかここまで戻ってこられました。
彼女の✨夢✨は
高校に行って、友達を作って
部活に入って
修学旅行に行ってみたい❗
だったので
頭にもやがかかったようで
勉強は3年生になるくらいまで
ほぼ手付かずの状態でしたが
ありがたいことに
彼女の症状に理解のある
環境の良い高校が見つかり
怒濤の追い込みで
合格を手にしました。
真面目な彼女は
学校に行けなかったという
思いから
回復してきていても
外に出ることにかなり抵抗が
あったのですが
卒業したことで気持ちが楽に
なったのか
少しずつ一緒に外出できるように
なりました😌
彼女が高校の制服を着て
「行ってきます🌸」と
言われたら
きっと泣いてしまうだろうな…
あ、そうそう。
彼女のもう少し先の夢も
見つかったみたいです✨
✨
本日も、最後までお付き合いいただきまして
ありがとうございました
