左の一人は平賀さんかな?
NSPにとって中盤のアルバムです
私が慣れ親しんだアルバム
このアルバムは完璧なほどNSPの傑作と言っても過言ではない
金太郎飴と噂されるほど、どの曲も肩を並べ名曲ばかりのアルバムなんです✨
その中の一曲「風の旋律」はアルバム名になるほど繊細な表現が余計に感情をあふれさせるんです
なぜか歌詞が気になる
何を訴えたかったのか、いつも核心にたどり着けないのが天野さんの詩でしょう〜
朝夕のざわめきは
どこへ消えていった
僕のまわりだけが
昼下がりじゃないはずだ
長い冬に縛られて
春が恋しいころ
光る風に向かい魚が跳ねる
用のない校舎から
響く子どもの声
ふと尋ねてみると
空耳だと首を振る
歯の浮くような
お世辞にも
君は肩すぼめて (窄めて)
大人しく微笑み座ってばかり
間奏
道路工事の騒音に
泣き叫ぶ幼子は
誰のいう事も聞かず
意地悪な顔してる
街並みが高く伸び
青空か切り取られ
また泣きべそ君の故郷もない
ルルルル~
ルルルル~
ここで曲は終わりと思えば約5秒の静かさの後又演奏は繰り返される
間奏は普通楽器だけでも音が残るもの
曲が切れるという大胆な作品
それに、歌っている曲の長さがおよそ4分、切れた音楽5秒、始まった曲は
ルルルル~
ルルルル~
の繰り返しハミングで3分
トータル7分の曲になっている
曲の背景から春を待ちわびる冬、天野さんはこの曲は風の旋律を感じながら目にした背景なのか
叙情的な高まりはどうして感じるのか…
ざわめきは消え
子どもの声は空耳だった
この曲のメッセージ性は?
幼子と書けば大抵は可愛い
愛らしいような比喩的な言葉が出てくるはずが、意地悪な顔をしていると表現するあたりは憎しみを誘うが、この曲の場合は子どもや幼子はまだ未熟な彼女を表現しているのだろうか…と思うのは考えすぎかな?
最後の詩は青空も切り取られ
彼女の故郷も無いなどと寂しいことを並べて…
なぜにこんな結末の詩になってしまったのか?
そこは3分の
ルルルル~
ルルルル~
を聞いて
考えましょう〜
2019年6月3日
一関で中村貴之さんのフリーコンサートに出向き
チケット無しの為に早くから並んで二番目に入り、一番前の席に座ることができました(なのでメモも録れず)楽しんで来ましたが、この「風の旋律」流れ始めると背筋に戦慄がはしりました(だじゃれじゃありません😆)
まさか、風の旋律が聞けるとは!!
中村さんとギターリストの池田森さん🎸
ピアノもドラムも無しでギターでカバーしてましたが、それはもう感激でした!!
初めて生の「風の旋律」を聞きました
会場はし〜んとしてましたが、私は心臓が波打ってましたね~
あの時の二時間ピッタリのコンサート、アンコール無しは淋しく感じましたが前座ということでもありましたから、生のコンサート見れたと思うと今の現状では幸せな時間を頂いたことと締めさせてください
叙情派フォークbヒッツでは〜
1 夕暮れ時はさびしそう
2 ひと足遅れの春
3 旅立ち
4 小さな日記
5 東京
6 22才の別れ
7 神田川
8冬が来る前に
9 きみの朝
10 白い冬
11 わかって下さい
12 通りゃんせ
13悲しくてやりきれない
14愛はかげろう
15精霊流し
16雪
17さよなら模様
18なごり雪
19風
20秋の気配
以上20曲が載ってました
何より一番にNSPの『夕暮れ時はさびしそう』が入っていたことが嬉しいotankoです
YouTubeからDANKOROさん
お借りしました
upが少ない曲なんです
締めの「粉雪のささやき」は反対に優しく包んでくれる純白の眩しい彼女の曲です、それはアルバムの締めくくりに優しさを残している
早く出向きたいものです、天野さんは今ならどんなふうに話してくれるだろう🎶
今日も粉雪の舞う、春が待ち遠しい日です
今日のつぶやき




