先日、歴史街道 枚方宿を歩きました
スタートは、京阪・枚方公園駅。
ひらパー(遊園地)へ行く時に下車する駅です![]()
枚方宿
ひらかたしゅく
江戸と京都を結ぶ東海道五十三次は有名ですが、
1615年の大坂城落城後、東海道は延長され、
東海道五十七次になりました![]()
整備された宿駅は、
54次 伏見(ふしみ)
55次 淀(よど)
56次 枚方(ひらかた)
57次 守口(もりぐち)
そしてゴールは、大坂の高麗橋です。
(京橋ともいわれますが、江戸時代の大坂の起・終点は高麗橋)
江戸時代、京都~大坂の街道は、特に
京街道または大坂街道と呼ばれました![]()
もともと京街道は、豊臣秀吉が淀川の左岸に築いた文禄堤という堤防道で、
江戸時代に延長された東海道はそれを利用したそうです。
なので、豊臣びいきの関西では「京街道または大坂街道」と呼んで、
東海道という表現を使わなかったとのこと。
確かに伏見~大坂までの道が「東海道」っていわれると違和感ありますねぇ![]()
駅から5分ほど歩くと、枚方宿の西見附のあったところへ到着。
枚方宿の西端(大阪側)です。
西見附からすぐのところに鍵屋資料館があります。
江戸時代の建物、いいですね〜![]()
市立 枚方宿 鍵屋資料館
鍵屋は屋号です。
ここは江戸時代、淀川往来の船を待つことができる「船待ちの宿」だったそうです。
枚方は淀川の中継港としても栄えた場所です。
主屋の後ろに別棟があって、こちらは昭和3(1928)年の建物で、
平成9(1997)年まで料亭・料理旅館だったそうです![]()
東海道の宿駅と淀川船運によって繁栄した枚方宿の歴史をわかりやすく展示しています![]()
展示品はいろいろあります![]()
両替天秤
煙草盆
この間、鑑賞した文楽・曽根崎心中でお初が煙草盆を使ってたな〜
こちらはお歯黒用の道具
豪華な重箱
江戸後期の紀州藩の武士に出した食事の再現
2階へあがると、
この鍵屋は淀川のほとりにあることがよく分かりました!
62畳ある大広間![]()
素敵です~![]()
翌日の準備でテーブルが置かれていました。
淀川クルーズした後、ここ鍵屋でランチを食べるイベントがあるとのこと![]()
淀川は、大坂と京を結ぶ重要な交通路でした![]()
大坂と京(伏見)を往来したのが三十石船(さんじっこくぶね)
くらわんかとは、「食べないか?」を意味する河内弁だそう。
餅くらわんか 酒くらわんか
再現映像がありましたら、売り子のかなり乱暴な言い方と態度にビックリ![]()
強気の商売でした![]()
くらわんか舟、こんな感じ![]()
↓
名物ごんぼ汁とくらわんか餅
茶碗で提供されたようですよ![]()
茶碗などが周辺より多く出土しているそうです。
くらわんか舟で使用されたと思われる器を「くらわんか茶碗」と呼ぶそう。
重心が低い、厚手で安価な器みたいです![]()
1811年築の主屋は無料で見学できます。
古いうだつ
平成11~13年にかけて解体修理をしたそうです。
街道に面した出入口は摺り上げ戸になっていて、板戸を屋内の上に収納できるようになっていました。
ちょうど閉館時間で、戸を閉める様子を見学できました![]()
鍵屋さん以外にも古い建物が残っています。
街道の道幅は狭いですね![]()
枚方に寺内町があったようです。
また別の時にゆっくり見学したいと思います![]()
枚方宿本陣跡
京阪・枚方駅を通過して道標のある宗佐の辻へ
右 大坂みち
そして東見附の手前にある小野邸
揚見世がある![]()
東見附
枚方宿の東端(京都側)です。
看板の向こうは、天野川でした![]()
昔は木の橋がかかっていて、京へ続いたそうです。
西見附~東見附まで 約1.5km。
思っていたより近かったです。
また古い建物も意外とありました。
狭い街道を昔の宿駅に思いを馳せ散策し、楽しかったです![]()
毎月第2日曜に枚方宿くらわんか五六市が開催されています。
枚方宿の歴史街道で市民が参加する手づくり・こだわり市だそうです!
5月は本日14日でした。あいにくのお天気でしたが、にぎわったかな?
また次回、寄ってみたいです![]()






































