今日も大阪市中央公会堂の話題音譜

 

大阪市中央公会堂は、中之島にあるので、

中之島公会堂とも呼ばれます音譜

 

 

1918(大正7)年竣工。

1999~2002(平成11〜14年)の3年半にわたり大規模な保存再生工事が行われました。

 

その後、国の重要文化財に指定されましたキラキラ

 

大阪市公会堂には、大小16の部屋があり、現在も貸部屋となっているそうです。

つまり、公共施設として現在も利用されていますアップ

 

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大集会室は、コンサート、演劇、卒業式や入学式、講演会などで利用されているそう。

 

私、大集会室に2回、行ったことがありますチュー

そのうち1回は、友人が出演したバレエ発表会キラキラ

今さらながら思いますが、市民のための公会堂なので、誰でも利用できるのですね音譜

 

レトロな素晴らしい空間ですラブラブ

 

先日、テレビ大阪で放送された「名建築で昼食を 大阪編 第6話」で、

公会堂の大集会室、中集会室、小集会室が紹介されていましたラブラブ

 

どの集会室も素敵グッド!

 

 

 

 

集会室は、ガイドツアーでは見学できなかったので、今回のTV番組で拝見できよかったです音譜

 

公会堂主催のガイドツアーでは、貴賓室(特別室)と地下にある展示室で説明をしてくれます。

 

貴賓室の様子は昨日、レポートしました↓

 

地下室にある展示室は、自由に見学することもできます。

大阪市公会堂の歴史や保存再生工事のことなど詳しく知ることができますよ目

 

さて、大阪市公会堂、

この建物は、株式仲買人だった岩本栄之助氏の寄付100万円(現在の価値で50億円といわれる)で建てられたそうです。

一個人で50億円の寄付びっくり

 

岩本栄之助さんが多額の私財を寄付するきっかけは、渋沢栄一氏率いる渡米実業団に参加した時、

米国の富豪の多くが財産を慈善事業などへ投じていることに感銘し、

自分も大阪のために何かしたいと思ったことだそうです

 

しかし建設が開始された後、第一次大戦の影響で大損失をした岩本氏はピストル自殺したそう。

公会堂の完成2年前、39歳の若さでした。

 

「一度寄付したものを返せというのは大阪商人の恥」と言った話が残っています。

 

 

岩本氏の相談役でもあった渋沢栄一氏が定礎式に参加したときの写真が展示されていました。

 

 

日本経済の父・渋沢栄一氏が大阪市公会堂に携わっていたとは知りませんでした。

 

大阪市公会堂のヒストリーを知り、胸が熱くなりましたおねがい

 

 

階段横に展示してあった松の杭

 

 

松杭は、創建当時、地盤強化と建築基礎として地中に約4000本打ちこまれていたそうですびっくり

1999~2002年の保存再生工事の際、取り除いたうちの1本です。

 

 

公会堂が建設された場所は、堂島川と土佐堀川に囲まれた中州なので、

地盤が悪く、地下数位も高かったことから、松杭が打ち込まれたそうです。

 

 

展示室はそれほど大きくありませんが、

大阪市公会堂を知るよい勉強になりました音譜

 

公会堂の地下にレストランがあります。

保存再生工事後にレストランもリニューアルされましたが、

昔から有名なデミグラスソースのオムライスがあります音譜

 

これはハーフサイズ

 

名建築見学のあと、立ち寄るのもいいですね音譜

ちなみにガイドツアーの昼食付は、このレストランの食事ですラブラブ

 

 

 

大阪市中央公会堂、

保存再生して、今も現役で市民に利用されて何よりですキラキラ