久しぶりのお出かけです音譜

 

南海電車で岸和田へ。

難波から岸和田まで急行で26分です。

 

岸和田は江戸時代のはじめに城下町として栄えた城郭や

紀州街道沿いの古い町並みが残るところ。

 

観光ポイントとなるところが駅から近く、

また岸和田城周辺にあるので、まち歩きをしやすかったです音譜

 

岸和田城

 

 

 

石垣とお堀、なかなか素敵でしたラブラブ

 

桜のつぼみはふくらんでいます。

開花までもう少しですね。

 

岸和田城は、別名「猪伏山(いぶせやま)ちきり城」。

「ちきり」とは、機(はた)のたて糸をまく器具で、本丸と二の丸を重ねた形が「ちきり」に似ているところから由来するそう。
また、ちきり城は「千亀利城」「蟄亀利城」とも書かれます。

 

1640年に岡部宣勝が入城して明治維新まで、岡部氏13代がここを統治。

 

天守は1827年に落雷で焼失。

 

今の天守は昭和29年に復興されたもので、図書館として建設されたそうです。

江戸時代の絵図では五層の天守で、今より10mも高かったそうですよびっくり

 

均整の取れた城郭、石垣の上に立派な天守があったことが想像できましたラブラブ

 

 

 

天守の最上階からは神戸の街並み、明石大橋、淡路島もわかりましたよ音譜

 

 

 

岸和田城の近くに五風荘というお屋敷があります。

 

岸和田で紡績や銀行業、レンガ製造で財をなした寺田財閥の寺田利吉の旧邸宅。

昭和4年から10年かけて造営された回遊式の日本庭園とお屋敷。

 

 

 

現在、日本料理店です。

 

お庭は自由に見学させてもらえましたラブラブ

お庭から建物を拝見しましたが、素晴らしい!

特別な日にこのようなところで食事をしたいですねラブ

 

 

 

近くに岸城神社(きしきじんじゃ)もあります。

岸和田城の鎮守杜

9月のだんじり祭りでは、全だんじりが宮入りするそうです。

 

狛犬がいくつもありました。

本殿前の狛犬は陶器製です。

 

 

 

 

岸和田城のすぐ近くに紀州街道が通っています。

 

江戸時代、紀州徳川の参勤交代のために整備された、和歌山の城下と大阪を結ぶ街道です。

大阪の起点は高麗橋音譜

 

岸和田には、この街道沿いに古い建物がたくさん残っています。

また街道沿い以外にも古い家があるので、空襲で焼けなかったことがわかります。

 

ボランティアガイドさんに聞くと、グアムに帰るB29が残った爆弾を3発だけ岸和田周辺に落としたそうです。

そのため被害は少なかったそうです。

 

 

最後に、だんじり会館に寄りました。

 

だんじり会館の様子はまた明日口笛