こんにちは、結喜です。
誰かを見て「あの人、ちょっと
どうなんだろう」と思ってしまったり
SNSを見て「何で私ばっかり…」と
モヤモヤしたり
あるいは、自分に対して
「私ってダメだな」と責めてしまったり。
自分の中でジャッジしてしまう
事ってありますよね。
私自身も、これまで何度もあって
今でもやってます。
そして「あー、またやってる」と
気付いているのです。
よく「人をジャッジしちゃダメ」とか
「フラットに物事を見るのが大事」って
言われることがあります。
たしかに、何でも「良い・悪い」
「正しい・間違ってる」で判断
してしまうと
心が苦しくなったり
他人にも厳しくなったりしますね。
そういうのをやめてフラットに見る事は
私も心掛けています。
でも「ジャッジしてしまうこと」って
本当にダメなことなんでしょうか?
私は「それって自然なこと」だと
思うようになりました。
ジャッジはゼロにならないし
無理になくそうとしなくて
いいと思うんです。
大事なのは
「あ、今ジャッジしてるな」
って気付くこと。
気付くことで
心の声が聞こえてきます
「うわ、また人と比べちゃった」
「この人、なんか合わない気がする」
「また自分にダメ出ししてる」
そんなふうに自分の「ジャッジ」に
気付いた時に
心の奥にある声が
表に出てきているサイン
なんだと思っています。
例えば、人と比べて
落ち込んでいるときは
「私も本当は、あんなふうに
なりたい」という憧れや願いが
あったり
誰かにイライラしたときは
「私もやりたいのに我慢してる」
という、抑え込んでる感情が
あったりします。
自分に厳しい言葉が出てきたときは
「もっと頑張らなきゃ」という
焦りや不安が隠れているのかも
しれません。
私自身、ジャッジに気付く度に
またやってるな…
こんな自分嫌だな…
って思います。
でも、そこで「イヤだな」って感じる
ことは、とても大事なステップ
だと思うのです。
嫌だなって感じるからこそ
「じゃあ、私はどうしたい?」
と、考えることができるから。
無理にポジティブになったり
急に自分を変えようとしなくていい。
気付く→嫌だな→やめよう(行動)
その繰り返しで、気付いた時に
出て来た感情を見ながら
そっと方向を変えていけば
いいと思ってます。
それに、私たちは無意識のうちに
いろんなことをジャッジしている。
それは、人間だから当然のこと。
だけどもし、そのジャッジが
自分を苦しめていると感じたり
不快に感じるなら
「やめていきたいな」って
感じる気持ちも大事にして
あげたいと思うのです。
完璧にジャッジしない人に
なろうとしなくていいし
ジャッジすることを悪と
思わなくてもいい。
自分に長所と短所があるように
ジャッジしてしまう自分も
いるんだな
こういうところもあるな
と認めてあげる。
それが「受け入れる」という
ことであり「フラットに見る」
ということなんだと思います。
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