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パム・ボンディ司法長官は、ニューヨークのFBI支局がエプスタイン
に関する数千件の文書を隠蔽していた疑いで捜査を開始した
トランプ大統領の息子さんバロン君
「最初に逮捕される人物は世界に衝撃を与える」
と言う様な発言もXにてしていましたよね。
誰のことだろう…不謹慎かもしれないが…超絶楽しみw
トランプ政権、ソロスとビルゲイツを探しているということ
ソロソロのことは知らないけど
ビルゲイツは日本にアサイラム申請して
軽井沢の要塞みたいな豪邸に立てこもってるって噂
なお、ミンスク合意当時、
ドンバスに住むロシア系集団が求めていたのは、
「独立」でも「分離」でもなく、
ウクライナ国内での公平な扱いや、ウクライナに帰属しながらの
「自治」
でした。

当時の彼らを「独立派」「分離派」と呼ぶのは、
ためにするイメージ操作
でたー!海外ファースト、
USAIDの援助停止で人道危機が懸念されるアフガニスタンに対し、
9.29億円の無償資金協力を決定。
UNHCRと連携との連携のお題目付き。
https://portal-worlds.com/news/asean/35965
安倍首相と歴代首相らと夕食の写真を
日本財団・笹川会長がブログで公開
https://sankei.com/article/20180831-C3VPEUETCFI5FLQKDIMTNRXOEA/
ああ笹川良一系の日本財団がタリバン代表を来日させたのが
この無償資金協力の布石か。
日本政府の決定は笹川の影響下にまだあるということだな。
外務省特別代表が来日中のタリバン幹部と面会
人権尊重など働きかけ
https://asahi.com/articles/AST2M3DKDT2MUTFK00FM.html
なぜ、同盟国の米国政府が支援停止しているものを、
勝手に日本が支援するんだ?
説明になってないぞ、石破😡💢
ブラックロック、日本の企業年金基金を運用へ日本の企業年金基金
の資産総額167億ドルが、
米国の投資会社ブラックロックによって運用されることになった。
これは日経アジア紙が報じたもの。
同紙によると、ブラックロックはすでにNECを含む6つの企業年金基金と総額2兆5000億円(167億ドル)の資産運用契約を締結している。
同紙は、この措置は保守的な運用方法がもはや有効ではなく、
年金基金の投資を多様化する必要性によるものであると指摘してる
同紙によると、現地の経営陣にはオルタナティブ資産への投資を成功させるのに必要な専門知識がない。
そのため、
年金基金は外国企業の力を借りざるを得ない状況にある。 https://eadaily.com/ru/news/2025/02/27/kompaniya-blackrock-budet-upravlyat-pensionnymi-fondami-yaponii-smi
何だか日産の過剰役員を思う政権のバカなブライド
国産の米を海外に放出しておいて
海外から輸入してる業者もいるだよ!
無能とは思ってたけどここまで日本政府が無能とは…
ホントに日本国民の敵だな
そもそも、2015年のミンスク合意の対象だったドンバス地方の
ドネツク及びルガンスクの自治権を認めず、
ドンバス爆撃の挙に出たのはウクライナ国政府ですよ。
同政府の後見人的立場を担った
独メルケルと仏オランド
最近、ミンスク合意が、宇が露と戦えるよう準備をするまでの
時間稼ぎだったと白状しました
@
トランプ大統領はNATOやEU、第2次世界大戦の後に
アメリカとイギリスの支配層によって作られた組織に対して
厳しい姿勢で臨んでいる。
今度こそ、JFKのこどく、現職のまま、葬ろうと
必死の、組織が、動いていよう。
任期4年、持たない。
歴史上の誰よりも、「大改革」の日々。
この大戦においてヨーロッパ戦線でドイツと戦ったのは
ソ連とコミュニストを主体とするレジスタンスであり、

ヨーロッパ諸国の政府は屈服し、イギリスは傍観していた。

ドイツ軍は1941年6月22日、西部戦線に約90万人を残し、
300万人以上の戦力でソ連に向かって進撃を開始した。
ドイツ軍の首脳は西部方面を防衛するために
東へ向かう部隊に匹敵する数の
将兵を配備するべきだと主張したのだが、
アドルフ・ヒトラーに退けられたという。
軍の首脳が知らない何かをヒトラーは知っていたのだろう。
(David M. Glantz, The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001)
事実上、ドイツはソ連に負けたのだが、

西部戦線でレジスタンスがドイツ軍と戦っていたことも
確かであり、
シャルル・ド・ゴール
はそのレジスタンスと関係していた。
パリ・コミューン
アドルフ・ティエール
大戦の終盤、ドイツの降伏が見通される中、アメリカとイギリスは
レジスタンスを懸念し、ゲリラ戦部隊を編成している。
「ジェドバラ」だ。
大戦後、ジェドバラを基盤にして秘密部隊が組織されるが、
この勢力はド・ゴールを敵視した。![書籍]特殊部隊ジェドバラ ねばっこい ヨーロッパ解放の陰の ...](https://msp.c.yimg.jp/images/v2/FUTi93tXq405grZVGgDqGx5cm8knTLo61O84kVTxOan841a30-aIJSoqkmlQNsP4-Qv0KVqX9M9vYFUiwJk7TR7oSsyLL25ySCaiF_wTXTublKRDhNeBT1_MW0PCJhVnM2kakk-SrGLXS7KxdCDIrjL_x0PRb3CcUpMSIHpEuVHa0BBppgYF5Mq381fNeyO2vVd669i4pRVQdL4TQ2ys1jI-vSwH08cw4ZAvZrFz9b8wFyUpJ7PRodX3IuKEEHIs0YfbLNhqqh1XUjVPFtvzRXu2F6GXvsU1PJw0vGfHsjR79iBGM8Z3eXZzQ65z_MsX8xCd02hTW-jYqNb5B_qzKwV8GJ41KnKaja5K-HKi_TajwsoXoCNNEU8QlWiBt2EO_ibG5RliaWqDzeUJS8HMa3dlOHFBVJJfe581DtetMro_0FF0Zvoxji8XQdhNl6aq1jgvFPU3OMHu5c2jLV3CmuF4yXT7zvCqvuYAoq0ouijlB2JLXVhyOLgaip6sYsrTCpZr7UiYhEKK2q-_W2jdHA==/640px-Bundesarchiv_Bild_151-03-262C_Volksgerichtshof2C_Peter_Graf_Yorck_v._Wartenburg.jpg)

フランスでは1947年6月に社会党系の政権が誕生した。
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エドゥアール・エリオ
Édouard Herriot |
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その内務大臣を務めたエドアル・ドプは政府を不安定化するための策略について語っている。
そのためにアメリカとイギリスは
秘密部隊を使ったクーデター
「青計画」を作成したというのだ。
その計画にはド・ゴール暗殺も含まれていたとされている。
(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)
この暴露があった後、計画の首謀者としてアール・エドム・ド・ブルパンなる人物が逮捕された。
フランス北部で重火器、戦闘指令書、作戦計画書などが発見されている。
彼らのシナリオによると、まず左翼を装って「テロ」を実行して政治的な緊張を高め、
クーデターを実行しやすい環境を作り出すことになっていた。
この計画にはフランスの情報機関SDECE
が関与していたと疑われたが、
調査を行ったのはSDECEの長官だった。
(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)
1948年4月にアメリカやイギリスはNATO(北大西洋条約機構)を組織する。

創設時の参加国はアメリカとカナダの北米2カ国に加え、
イギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルクの欧州10カ国だ。

ジェドバラから派生した秘密部隊は全てのNATO加盟国で編成されて
ネットワークを構築する。
▼本日限定!ブログスタンプ
中でも有名な組織がイタリアのグラディオだろう。

アメリカとイギリスの支配層は1948年に
ACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)も組織した。
この団体へ資金を提供していたのはフォード財団やロックフェラー財団など。
その下にはヨーロッパ運動、ビルダーバーグ・グループ、
そしてヨーロッパ合州国を目指す行動委員会が存在していると言われているが、
特に有名な団体はビルダーバーグだろう。(Richard J. Aldrich, “The Hidden Hand”, John Murray, 2001)
アメリカやイギリスの支配層がACUEを組織した理由は
ヨーロッパを統一した上で支配することにあった。
その延長線上にEUはある。
ビルダーバーグ・グループが最初の会議を開いたのは1954年5月29日から31日。
開催場所はオランダのアルンヘム近くにあるビルダーバーグ・ホテルだった。


グループの初代会長はこのホテルを所有していたベルンハルト
だが、
生みの親はユセフ・レッティンゲル
だと考えられている。
レッティンゲルは戦前からヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと活動、
大戦中はロンドンへ亡命していたポーランドのブワディスラフ・シコルスキー将軍
の側近だ。
シコルスキーはコミュニズムが嫌いで、
イギリス政府の支援の下、亡命政府を名乗っていた。
1952年にレッティンゲルはベルンハルトへ接近、
すぐにアメリカのハリー・トルーマン政権に接触している。


NATOを創設した理由も同じだ。
ソ連軍の侵攻に備えるために米英はNATOを作り上げたと宣伝されていたが、
ソ連はドイツとの戦いで約2500万人が殺され、
工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊され、
惨憺たる状態。
ナチスの拠点を制圧したものの、西ヨーロッパへ軍事侵攻する余裕はなかった。
フランスでは1961年にド・ゴールを敵視する軍人らがOAS(秘密軍事機構)を組織するが、
この結社にはSDECEや第11ショック・パラシュート大隊が結びついていた。
その年の4月12日にOASはマドリッドで会議を開き、
アルジェリアでクーデターを実行する計画について話し合っているが、
そこにはCIAの人間も参加している。

1961年4月22日にクーデターは実行に移されるのだが、
それに対してアメリカのジョン・F・ケネディ大統領は、
クーデター軍がパリへ軍事侵攻してきたなら
アメリカ軍を投入するとド・ゴールへ伝えている。
つまり、パリでCIAとアメリカ軍が衝突するということだ。
このケネディの対応でクーデターは失敗に終わるが、
そのケネディは1963年11月22日に暗殺された。
ケネディ大統領と対立していた好戦派には
アレン・ダレスCIA長官、
チャールズ・キャベルCIA副長官、
ライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長、
カーティス・ルメイ空軍参謀長
などが含まれていたが、
大統領は1961年11月にダレス長官を、
また62年1月にはキャベル副長官をそれぞれ解任、
62年10月にはレムニッツァー議長の再任を拒否した。
レムニッツァーはイギリスの貴族階級に憧れを持っていた人物で、
イギリスの軍人、ハロルド・アレグザンダーから可愛がられ、アメリカでも出世していく。
シチリア島上陸作戦以降、彼を出世街道へ乗せ、
アレン・ダレスにレムニッツァーを紹介したのもアレグザンダーだ。
この人物はイギリスの貴族階級に属し、イギリス女王エリザベス2世の側近として知られていた。
通常、統合参謀本部議長を辞めた後はリタイアするのだが、
アレグザンダーはレムニッツァーに対し、
SACEUR(欧州連合軍最高司令官)にならないかと声をかけている。
ちなみに、欧州連合軍最高司令官とは、
NATOの軍事部門におけるヨーロッパ大陸の最上級司令部のトップだ。
ケネディ暗殺の容疑者として逮捕されたのはリー・ハーベイ・オズワルド、
そのオズワルドを射殺したとされているジャック・ルビー
は1959年にキューバ革命が成功した後、
反革命の亡命キューバ人へ武器を供給していたのだが、
その時、トーマス・デイビスなる人物と一緒に仕事をしている。
そのデイビスはケネディ大統領が暗殺された際、アルジェリアの刑務所へ入れられていた。
ド・ゴール大統領の暗殺に関わる集団に武器を供給していたからだ。
クーデターが失敗に終わった後、ド・ゴール大統領はSDECE長官を解任、
第11ショック・パラシュート大隊を解散させた。
(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)
1962年1月にOASの幹部が逮捕され、その5カ月後にOASは休戦を宣言する
(Henrik Kruger, “The Great Heroin Coup (2nd),” Trine Day, 2015)
のだが、この決定にジャン-マリー・バスチャン-チリー大佐に率いられた一派は従わない。
その年の8月22日にパリでド・ゴール大統領の暗殺を試み、失敗している。
暗殺計画に加わった人間は9月にパリで逮捕され、全員に死刑判決が言い渡されたが、
実際に処刑されたのはバスチャン-チリー大佐だけだった。
(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)
ケネディ大統領が暗殺されてから3年後の1966年にド・ゴールは
フランス軍をNATOの軍事機構から離脱させ、
翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリから追い出した。
SHAPEはベルギーのモンス近郊へ移動する。
フランスではド・ゴールの政権を揺さぶる出来事が1968年5月から6月にかけて
「五月危機」が引き起こされる。
パリでゼネラル・ストライキが実行され、抵抗運動はフランス全土に広がった。
ド・ゴールはその翌年、1969年の4月に辞任、政界から去っている。
ド・ゴールの後任大統領は首相だったジョルジュ・ポンピドゥー。
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ジョルジュ・ポンピドゥ
アメリカとの関係強化を推進する立場の人物で、SDECEの長官に
親米派のアレクサンドル・ド・マレンシェを据えた。
新長官はアメリカとの関係強化に邪魔だと見なされる815名を解雇した。
(Henrik Kruger, “The Great Heroin Coup 2nd Edition,” TrineDay, 2015)
1982年にSDECEはDGSE(対外治安総局)へ名称が変更になるが、実態に変化はない。

その後、ヨーロッパ諸国に対する米英の支配力は強化されていくが、
その支配システムの中核にはNATOがあり、
それをトランプが揺さぶっている。
その背景にはネオコンと対立していた支配層の一部が存在しているのかもしれないが、
ヨーロッパが「自爆」した今、
NATOは必要なくなったのかもしれない

。
「ノーコメント」
原爆投下の口実の1つとなったとされる。
モスクワの佐藤尚武大使は、米英の無条件降伏の緩和はあり得ず、
特使派遣も無意味であることを再三、東郷宛に打電していた。
その一方、ソ連がポツダム宣言に加わっていなかったことが、
ソ連の好意的態度の獲得や特使派遣への過剰な期待につながっていた。

