『萩田ユカリ対談|アレッサンドロ・ナニーニ・カフェ|その2』
音、チューニングフォークについて語っています!とっても良い内容をお話していますので、どうぞご覧ください。
 

みなさん、こんにちは ユカリです。
今年もアッという間に師走の月になり、今年の展開はやはり大きかったです。

いつも、お越しになる皆さんへ、人生のシフトのお手伝いをさせていただいていますが、
自分にその転機が訪れたとき、果たして自分は”どうなるんだろう?”と内心思っていました。

もちろん、今までの怒涛の人生を振り返ったとき
私は何度もその山場をくぐってきたので、
きっと、また来てもOKであろう!と思っていました。

そして、もしかしたらそんな怒涛な日々は来ないかもしれないし、、
なんて、ひそかに思っていました。

怒涛の人生は、もうたくさん!
なんて思っていました。

ですが、今年、
また、さらに大きな車輪へのシフトが起きました。

私がグズグズしていたので、
それは勝手に向こうからやってきました。

というか、この時期まで延ばされていたのかもしれません。

人生、この時期に”こんな事が起きそして、このような行動を起こす!”

と決められているのだと思います。

心の中ではいつも感じていた、
今でも”自分を出し切れていない!”感は流石に自分には隠し通しことは出来ませんでした。

私は、人との関係において
常に、私より上の立場の人の対応が2つに大きく分かれます。

私を妙に引き上げてくれる方
そして、もう一つにタイプは、徹底的に私に抵抗する方。

この徹底的に抵抗するタイプに方は
私が何をしても心を閉ざし、流れが遮断されてしまいます。
何をしても、否定し、
何をしても、受け入れてもらえません。

私は始めのうちは、
自分に非があるのと思い、どうしたら受け入れてもらえるのか
徹底的にへりくだり、徹底的に自分を小さくしました。

ある時、
これは私の問題ではなく
相手の問題である!
と理解したとき
その土俵を降りることで、
もっと外へ目を向ける事にシフトしました。

人の評価は大切です。
何故かと言うと人の評価で、沢山の人が動くからです。
そして、その人の発言力が大きければ大きいほど、その流れが決定されていくからです。

でも、人の心も”コロコロ変わる”
コロコロ変わるから、”ココロ”と言います。
だから、その時だけの現象なのです。

ですから、
人の評価=評判をあまりにも気にするあまり
自分を生きる事を自ら放棄したのならば

それは”私は私を生きていない”ということに行き着きます。

そして、もし自分を生きることが出来なかったら、

ソレは自分で自分を傷つけてしまいます。

私は後悔だけはしたくありません。
後悔がどんなに悔しい事か知っているからです。
特に、自分の本意ではないことで生きた人生はホントウに悔やまれます。

”あ~~自分は生き切った!
私は良い人生を生きた、みんなありがとう!”

そう思って地球を離れたい、と思います。

だから私は、

自分の気持ちを大切にしています。


ユカリちゃんという体(神の社)を
私が一番大切にしてあげなかったら
いったい誰が大切にしてくれるのだろうか?

ユカリちゃんをこの私が一番理解してあげなかったら
いったい誰が理解してあげるのだろう?


鏡を見て私は言います。

『ユカリちゃん、今日も一日好きに生きていいよ!』

って合格