他力と自力についての呟き
いつからか忘れたが
上手くいってるときは
やっぱり誰かや何かのおかげとしか考えられないし
感謝したくなる
上手くいかないときは
どう考えても自分の選択でそうなっていると
感じるし
こうありたくない
こうありたいという自身の想いにきづける
賢く、なれる
最近感じるのは
誰かや何かのおかげだと感じたり見えたりした時に
感謝する必要はないし
自分の選択でそうなっていると感じたり見えたらしても
自分を責める必要もない
ただ、それが他力によるものだな
自力によるものだなと理解し、まずは感じるだけでよい
他力が自分に作用したのは
自力かもしれないし
自力だけで足掻く限界に気付けたのは
他力かも知れない
よくよく諦めずに
行動と吟味を繰り返すと
他力と自力の境界線は曖昧になってやがて消えていく
水と土と樹は分離できるだろうか?
環境が自分を構成し
自分の在り方が居心地
つまり環境を構成する
よくよく諦めず分別していくと
分別が消える瞬間がある
またすぐ産まれるのだけれど
諦めないとよく書いて違和感があるのは
諦めないためには
無理しないことがコツだとおもうから
無理しないためには
自分の特性を諦めることだ
以前、躁鬱気質の坂口恭平氏が著書の中で
『居心地がわるい場所から、ただちに立ち去る。自分のような人間には
これしかない。』
『自殺がしたい人と沢山話してきたが、
悩みの根源はすべてひとつだった。
それは
人にどう思われるか。』
という力のある言葉を話していたのを思い出した。
環境と、状態。
前者は他力、後者は自力だ。
どちらかだけでは、存在できない。
