武道の型。


この21世紀にも本当に良い型というのは日本各地に残っていて生き物のように先人の智慧を我々に授けてくれている。


競技のように美しさを競うものとはまたちがい、一見とても地味で不可解な形であるものも多い。


この良さというか


凄まじさ、深遠さを少しずつ理解出来るようになったのは自分自身歳を重ねてから



良い型稽古は


パワー、スピード、予測、技術


ではどうにもならない状況を作っておいて


それでも間に合い対応できるもの


を抽出し、発見しようとする試みが型。



だからそもそも難しくて理解不能で


先人たちや自然の愛に溢れている。


出来なければただ死ぬのだと


型はいつも優しく教えてくれているから。




人生もまったく同じようにおもう


生老病死は当たり前


喜怒哀楽は標準装備


何も維持できない命の中で


執着すれば全て苦しみという状況で


それでも自由でいられる何か


を探して足掻くのが


生きる事ではないかと感じる。


では、その限定された厳しい状況設定は


型と同じ理由で存在するのかもしれない。


型を通じてそう感じた。



『型は絶対に変えてはいけない。

それは改悪で、改変でも改善でもない。』



絶対に間に合わない状況設定で、それでも

間に合う何かを我々に伝えて授けるものが型なら



この生命の冷酷無比なシステムも


自然が我々に与えた型のひとつ。


きっとそうに違いない。


そう思いたい。


そんな事を感じる休日の夜。


型は一度失うともう取り戻せない。

良いものが後世に残ることをただ願いたい。




熊野古道行きたいなーって

テレビ見ておもう。笑笑


あと、江口洋介は自然体でいいなーって


作らない飾らない頑張らないで

サマになるのって難しいんだから。