結と社。
自然界のものは全て単体では存在出来ない不完全な存在。
故に、依存ではなくて独立する事でのみ、お互いに助け合って存在している。
それを結と呼ぶのはわかりやすい。
社とは、
その結をむすぶための道を
模索していく場ではなかろうか。
そのための日々の在り方ではなかろうか。
宮沢賢治の、
求道は既に道である。は、
不完全なまま、完全とする世界観の許容かと、改めておもう。
養老孟司の、
『あの田んぼが、あなたなんだよ。
と言われてもピンとこない人が増えた。』
も、
ミカエル・リャブコの
『共感も賛同も出来ない相手を理解しようと試みる事が『愛』なのです。』
も、同じように頭をよぎる。

