今日5月22日は大好きな父の命日です。
1年前の今日、父が天国に旅立ちました。
父は九州で高齢者向けの施設に入っていました。
基本生活が自立していて元気な人が入居する場所で父も・・それはそれは元気でした。
1年前、4月の末から約ひと月上京してきていて、その間我が家に来たり、会いに行ったりと何度かともに時間を過ごし、
熊本に帰る直前の週末、子どもたちと一緒に都内の滞在先に会いに行った。
一緒に氷川神社に参拝
この時はこの瞬間が最後に触れ合う時間になるとは全く思わず。
父はこの後、熊本に無事に元気に帰り着いたその翌朝、天国に旅立った。
大好きだった父。
おんなじ蠍座で、おんなじ癸丑(四柱推命の十干十二支。同じことを「律音(りっちん)」といいます)。
勝手にソウルメイトだと思っていて、父の前ではいつも素直でいれて、いつも私のやりたい!ということを応援してくれた父。
戦前生まれの九州男児でものすごーーーく”強い”男で、それゆえ若かりし母は苦労もしたらしいけれど、歳をとる毎に丸みを帯び、本当に好々爺になっていった父。
父はその昔歯科医で、歯科医をやりながら熊本の阿蘇にホテルなども併設した乗馬牧場を開き、カントリー風の乗馬牧場でカウボーイになり人生を本当に謳歌していた。人生波乱万丈を絵に描いたような人だったけれど70歳くらいで牧場を他の人に譲り引退してからは余生を自分サイズで楽しんでいた。
私が父を尊敬しているところは、何かすごいことを成し遂げたということよりも、いつだってどんな場所でだって幸せに生きていたこと。
自分の人生を自分で引き受けていたところ。
本当にかっこいい人だった。
父の死因は簡単に言うと「心臓が突然止まった」と言うことなんだけど
やりたいように生きて、頭もしっかりしていて、誰にも迷惑かけることなく(父が思っていた迷惑、と言うことね)、ぶっとく生きてパッと散った父の最期が本当に父らしくて・・・
よかったねぇと思う。
思いもよらぬ父との突然の別れだったので、私たち家族は心の準備などしているはずもなく、それは思った以上に大きな喪失でした。
ノートブッカーである私だけど、文字が一切書けなくなった。
文字で何か言葉を綴ってしまったら、堰き止めているものが決壊してここに立っていられなくなるように感じていたし、まだまだ言葉にしたくない父との大切なものが言葉にすることで「過去」になってしまうのが嫌だった。
その時はそんな”理由”のようなものすらよくわからなかったけれど、とにかくノートが全然書けなくて、書きたくもないそんな日々を過ごしてた。
一昨年の5月。
家族ではないけれど私にとってとっても大事な方が他界されて、その時も言葉にできないいろんな気持ちをなかなか整理できずにいたけれど
それでも自分の中だけは。ノートの中ではたくさんたくさんその方と対話して、私の思いもたくさんすくって、たくさんたくさん言葉を紡ぎました。
そのことがどれほど自分自身を癒したのかということを今回父の亡くなった後に自分の中ですら全く言葉を紡げなくなって実感しました。
「節目」と言うのはよくできていると思う。
初七日、四十九日、百箇日・・そして今日の一周忌。
節目があるから、生きている私たちは前へ進むことができるんだなと感じた。
喪主だったこともあり、四十九日まではものすごーーく気を張っていてそこを過ぎた途端に気が抜けてしまったから、昨年の夏はたまたま長くお仕事をお休みにして母と家族とハワイに滞在することになっていたんだけれどその時間がものすごくありがたかった。
なーーーんにも生産的なことをせずに
ただあるがままに自然と溶け込むような日々は父への色々な思いをたくさんたくさん消化してくれた。
同じく大好きだったハワイ人の継父も3年前の夏に突然亡くなったのだけれど
その継父と父と・・私は二人の大きな愛の父に恵まれたのだなとハワイの風に抱かれながら二人をとても近くに感じていた。
百箇日というのは、遺族が悲しみから立ち直り日常へ戻るという節目のようで、夏の終わりがその頃だったのだけれど、ハワイから帰ってきた頃でもあり、本当に本当に私の中で「よし、前を向くぞ」と自然に思えた頃でもありました。
なんというか、悲しみに暮れて俯いて過ごしていたわけでもないけれど、
でも、埋められない喪失感をどうしたらいいのかわからないまま過ごしていたけれど、ちょうど100日経つ頃私の中に泉が湧いてくるように命が前を向いていこうとしているのを感じました。
「人生いつ終わるかわからないのだから悔いのないように生きよう。やりたいことをやろう。」という言葉をよく聞くけれど、
私は父の死を通して改めて
この世界の愛を受け取って受け取って生きよう
って思った。
自分がどれほど幸せなのかをちゃんとわかっていよう。
どの瞬間も幸せに生きよう。
そんな自分の人生を誇りに感じて過ごそう。
そう改めて誓った。
やりたいことをやるより
何かを成すより
私にはしたいことがある。
それが、今思いっきり幸せであること。
どんな瞬間でもそれを忘れずにいたい。
お父さん、86歳のその旅立つ瞬間まで元気に生きてくれてありがとう。
命の美しさをたくさん見せてくれてありがとう。
愛とは何か、愛するとはどういうことか、見せてくれてありがとう。
夢を見る素晴らしさを、そして同時に日々を幸せに生きる素晴らしさを生きてくれてありがとう。
お父さんの娘に生まれてきてよかった。
あちらでまた会えるまで、私もぶっとく生きますよ。
私は大丈夫だから
子どもたちの成長をこれからも見守っていてね。
みんなおじいちゃんが大好きです。
それでもこの一年、ことある毎に側で応援してくれてありがとう。
護られてること、感じています。
2025年5月22日
父の一周忌にて
森永 美陽












