「他の人が見えないことが見える」のはいいことばかりではない

「他の人が見えないことが見える」ということに憧れを抱く人は多いと思いますが、だからこその苦労もあるものです。
 
それは「霊が見える」という話だけではなく、現実的にも人よりもちょっとだけ「先を見通す目がある」「俯瞰してより広い視野でものを見る目がある」場合も同じ。
 
・経験から、「あぁ、この流れだと、この先こういうことがあって、こういう展開があるな」なんてことが分かってしまう。
 
・俯瞰して見ていると「一見、うまくいっているように見えるけど、あの人が不満を抱いているな」とか気づいてしまう。
 
・人を見る目があると、「あぁ、この人、表面的にはニコニコしているけど、本当はこういうタイプだな」とか見抜いてしまう
…なんて人、意外といるのではないでしょうか。
 
でも、それで問題が起こる前に先回りして動くと、“分かっていない人”から見ると、「何をやっているの?」みたいになってしまう。
 
自分よりも見えていない人に、理解させるのは、本当に難しいあせる
 
どんなに細かく説明しても、「その人に想像力がどれだけあるのか」という問題にもなりますしね。
 
だから、人間は結局、
「自分が相手の立場に立ってみて、はじめて相手の気持ちが分かった!」
「自分もやってみて、ようやく相手の言っていることがわかった」
なんてことがあるのでしょうね。
 
「場の空気を読んで、“見えていない人”に合わせて行動をする」のは、やはり見えている人にとっては辛いこと。
 
「あぁ、このままでは失敗するな」と分かっていても何もしないのは、“自分の大切なもの”をどこかすり減らすことでもありますしね。
 
見て見ぬふりをしているのって、どこか誠実さがないですし、誠実でいたい人ほど自分を誇れなくなり、辛いこと。
だから、それでも相手と“歩調を合わせて行くべきか”どうかは、人それぞれ。
 
結果的には、相手を否定せず、自分は自分らしくいるためには、「程よい距離感を保つ」しかないことは多い。
 
仕事で言えば、「自分は上司の言われた通りにする代わりに、責任は負わないスタンスをとる」とか。
どんなに親しい相手であっても、「なにがあっても、相手は相手の人生。自己責任だ」と、自分と切り離し、相手を尊重する、とか。
 
極端なことを言えば、愛とか、責任とか、誠実さがない方が、ゆるゆると楽しく人と繋がれることも、実はあったりするのですよね(苦笑)。
例えば、祖父母が孫に対しては、愛情はあっても責任がない分、楽しいく過ごすだけの関係でいられるのと同じ。
 
真剣であることほど、単に「笑ってはいられなくなる」ことは出てくるもの。
「あの人はみんなと仲良くできる」という人は、意外と誰とも誠実に関わっていないことも、あり得るのだから。
 
とはいえ、「“自分が見えているもの”を見えていない相手」と関係を保ちたいときは、「程よい距離」を心がけるしかない。双方のためにも(そうでないと、ぶつかる可能性は高いから)
 
見えるもの、気づくものが多い人ほど、得しているようで、意外と苦労することは多いでしょうね。
(ドリフのコントでも、「志村、うしろ!うしろ!」と言っている観客が、一番ハラハラしますしね・笑)
 
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