熱い思いがなくてもいいよ

 

 

この言葉にすごく救われたのです

 

 

深刻にせず問題を解決するカウンセラー

松丸ゆうこです

 

 

 

「熱い思いがないと、やってはいけない」

 

 

この信念ができたのは幼少のころ。。

 

私は沢山に習い事をさせてもらいました

 

自分からやりたいと言い出したものから

やった方がいいと言われたものも含めて

週に3~4日は通っていたと思います

 

今の時代は普通かもしれませんが、30年以上前では少なかったw

公立学校も土曜登校があった時代

 

 

子供なので

飽きるじゃないですか?w

興味が色々と目移りしますしね

 

やりたい時もあれば、さぼりたい時もあるじゃないですか

(これは大人も同じですね)

 

 

興味がなくなって

辞めたいと訴えても、辞めさせてもらうことが叶わず

 

 

親からしたら諦め癖をつけたくなかったのだと思います

 

今、諦めたらもったいない。

やめるのは簡単だ。

だから、もうちょっと頑張りなさい。

 

確かに、その考えも大事!!

 

 

だけど拗ね子(拗ねてしまった、ゆう子)は

じゃあ!もうやりたいなんて言わないんだから!!

 

 

全部、言う通りにしていれば

私から望まなければ、「親が言ったから」で済むw

 

 

 

そこから

やりたいことを封印する歴史が始まったんですよね

 

我ながら、捻くれ度合がすごい!

 

 

でも、ふっと

これやってみたいな・・・というのが出てくるわけです

 

 

すると

始めたら、やめられなくなるよ!!って囁くんですよ

拗ね子がw

 

 

それでもやりたい気持ちが大きくなると

「なぜやりたいの?」

「本当にやりたいの?」

「熱い想いはあるの?」と囁いてくる

 

「やりたいからやる」を許してもらえない

「やりたいからやる」は大罪かのように言ってくる

 

 

だから私は

やりたいことをやるためには

熱い想いが必要なんだなって勘違いして

 

大義名分を探し始めるんです

 

 

誰かのためになるから・・

人の役に立てるから・・

誰かを助けることに繋がるから・・etc

 

 

全く思ってもいないことでは、ない

思わなくもないことを

 

それらしく、それっぽっく付けてみる

熱い想いがあります!!と。。

 

 

 

そしてやっと動けるという・・

 

 

ちなみに、いちいち

この作業をやっていましたw(脳内で)

 

 

やりたいことだけじゃなく

やりたくないことも、この思考回路になる

 

 

やりたいことを出来ないことが

やりたくないことを辞められないことが

「しんどい」のではなく

 

 

やりたいこと、やりたくないことに

意味づけするのが「しんどい」!!

 

 

やりたいと思った。以上。

やりたくないと思った。以上。

 

 

それでいいじゃないか

 

 

 

誰に釈明が必要なの??

 

 

誰の許可が必要なの??

 

 

拗ね子に、ゆうこがお伺いを立てるなんておかしいw

 

 

熱い想い(大義名分)がなくてもやっていいし

熱い想い(大義名分)があっても辞めていい

 

 

どっちでもいいじゃない??

 

 

会社の入社面接の志望動機とか、、

本当にめんどくさいと思ってましてからw

 

 

やってみたい!以上です!!と言いたいのに

つらつらと、御社の理念が~、御社の実績が~、社風が~とか

言わなきゃいけないのが謎でしたもん

 

 

自分が出来ることと

相手が求めていることが一致したら、それで良いのになってw

 

 

出来ること、求めていることの真偽を確認し合う場であって

相手を褒めて、上げる場ではないはずなんですけどね

 

 

これは

私の仕事のスタンスにも繋がっていますね

 

 

体験セッションは特に意識している

お互い不一致がないかどうかって大事ですもんね!

 

 

では、また書きますね~

 

 

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