久々の投稿なのに
こんな投稿で
やんなるね
けど今の私は
この『大丈夫』な人を
抜け出したくなってるのかもな
久々に開いたFacebookで
ふと上がってきたこの記事が
心に刺さったのでシェア
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「大丈夫な人」を、
放っておくな。
若い頃、
いつ会っても明るい女性がいました。
よく笑う。
人の話もよく聞く。
誰かが困っていると、
自分のことより先に
動くような人でした。
「これお願いしていい?」
と言われれば、
「いいよ」
「今日ちょっと手伝える?」
と言われても、
「大丈夫だよ」
いつも、
そんな感じでした。
だから僕も、
この人は強い人なんだと
思っていました。
──────────────
ある日、
その人の家へ
用事があって行った時でした。
玄関を開けると、
いつものように笑っていました。
女性:
「ちょっと待っててね」
そう言って、
台所へ行きました。
僕は、
居間で待っていました。
しばらくしても
戻ってきません。
僕:
「まだ?」
返事がありませんでした。
台所をのぞくと、
その人は、
椅子に座っていました。
何をしているわけでもない。
ただ、
下を向いていました。
僕:
「どうしたの?」
女性:
「何が?」
顔を上げた時、
泣いていました。
僕:
「泣いてるじゃん」
女性:
「あれ?」
自分でも、
気づいていないようでした。
手で頬を触って、
女性:
「本当だ」
と、
少し笑いました。
──────────────
僕:
「何かあったの?」
女性:
「何もないよ」
僕:
「何もないのに泣かないでしょ」
女性:
「そうだね」
僕:
「誰かに何か言われた?」
女性:
「違う」
僕:
「家で何かあった?」
女性:
「ないよ」
僕:
「じゃあ何?」
少し黙ってから、
その人は言いました。
女性:
「……疲れたのかな」
僕:
「何に?」
女性:
「分からない」
僕:
「分からないの?」
女性:
「うん」
女性:
「何か一つが嫌だったわけじゃないの」
女性:
「ただ、
ちょっと疲れたんだと思う」
僕:
「じゃあ休めばいいじゃん」
女性:
「そうだね」
僕:
「嫌なことは断ればいいし」
女性:
「そうだね」
僕:
「手伝ってって言えばいいじゃん」
女性:
「そうだね」
全部、
「そうだね」
でした。
でも、
その人は動きませんでした。
──────────────
その日の夜、
僕は指導者に話しました。
僕:
「今日、
いつも元気な人が泣いてた」
指導者:
「そうか」
僕:
「何があったのか聞いても、
何もないって」
指導者:
「本当に何もなかったのかもな」
僕:
「何もないのに、
あんなに泣く?」
指導者:
「泣くこともあるだろ」
僕:
「何で?」
指導者:
「コップを持ってこい」
僕:
「コップ?」
指導者:
「ああ」
──────────────
僕がコップを持ってくると、
指導者は、
水を少しずつ
入れ始めました。
半分。
七分目。
八分目。
九分目。
そして、
最後にほんの少し
水を足しました。
水は、
コップから
溢れました。
指導者:
「なぜ溢れた?」
僕:
「いっぱいだったから」
指導者:
「最後に入れた水が
悪いのか?」
僕:
「違うでしょ」
指導者:
「そうだ」
指導者:
「人も同じことがある」
指導者:
「大きな出来事があったから
泣くとは限らない」
指導者:
「小さな我慢を、
毎日少しずつ
入れている人もいる」
僕:
「……」
指導者:
「最後は、
何でもない一滴で
溢れる」
指導者:
「でも、
原因は最後の一滴じゃない」
──────────────
指導者は、
部屋の柱を指さしました。
指導者:
「あの柱、
毎日何をしている?」
僕:
「屋根を支えてる」
指導者:
「重いと言うか?」
僕:
「言うわけないじゃん」
指導者:
「だから、
まだ載せてもいいのか?」
僕:
「駄目でしょ」
指導者:
「そういうことだ」
僕:
「……」
指導者:
「文句を言わずに
支えている人ほど、
周りは、
まだ大丈夫だと
思ってしまう」
指導者:
「でも、
何も言わないことと、
余裕があることは
同じじゃない」
──────────────
指導者:
「もう一つ」
指導者は、
充電の少なくなった携帯電話を
僕に見せました。
指導者:
「残り何%だ?」
僕:
「1%」
指導者:
「使えるか?」
僕:
「一応」
指導者:
「では、
大丈夫だな」
僕:
「いや、
すぐ切れるでしょ」
指導者:
「人には、
それをやるんだよ」
僕:
「どういうこと?」
指導者:
「まだ笑っている」
指導者:
「まだ仕事へ行っている」
指導者:
「まだ家事をしている」
指導者:
「だから、
大丈夫だと思う」
僕:
「……」
指導者:
「動いているからといって、
満タンとは限らないだろ」
──────────────
僕:
「でもさ、
辛いなら、
『助けて』って言えばいいじゃん」
指導者:
「言えない人もいる」
僕:
「何で?」
指導者:
「弱いからじゃない」
僕:
「じゃあ何?」
指導者:
「強い役を、
長くやりすぎたからだ」
僕:
「強い役?」
指導者:
「ああ」
指導者:
「家族の前では、
自分がしっかりしなきゃいけない」
指導者:
「職場では、
自分がやらなきゃいけない」
指導者:
「誰かが困ったら、
自分が助ける側」
指導者:
「そんなことを何年も続けていると、
助けてもらう側へ
回れなくなる人がいる」
僕:
「何で?」
指導者:
「自分が崩れたら、
全部崩れるような気が
するんじゃないか」
──────────────
指導者:
「それに、
いつも頼られている人ほど、
周りから言われる」
指導者:
「あなたなら大丈夫」
指導者:
「あなたは強いから」
指導者:
「あなたに任せておけば安心」
指導者:
「最初は、
嬉しい言葉だったかもしれない」
指導者:
「でも、
何年も言われ続けたら、
それが役になることもある」
僕:
「役?」
指導者:
「大丈夫な人という役だ」
僕:
「……」
指導者:
「疲れても大丈夫」
指導者:
「苦しくても大丈夫」
指導者:
「本当は助けてほしくても、
大丈夫」
指導者:
「そして最後には、
本人まで、
自分は大丈夫だと思おうとする」
──────────────
僕:
「じゃあ、
どうしたらいいの?」
指導者:
「聞けばいい」
僕:
「『大丈夫?』って?」
指導者:
「それだけじゃ駄目な時もある」
僕:
「何で?」
指導者:
「いつも大丈夫と言う人に、
『大丈夫?』
と聞いたら、
何と答えると思う?」
僕:
「……大丈夫」
指導者:
「だろ」
僕:
「じゃあ何て聞くの?」
指導者:
「聞くより、
やればいい時もある」
僕:
「何を?」
指導者:
「今日は俺がやる」
指導者:
「ここは任せろ」
指導者:
「飯は作っておく」
指導者:
「子どもは見ておく」
指導者:
「少し休め」
指導者:
「そうやって、
『助けて』と言わせる前に、
一つ持ってやればいい」
僕:
「……」
──────────────
僕:
「でも、
余計なお世話って言われたら?」
指導者:
「その時は引けばいい」
指導者:
「人には、
それぞれ境界がある」
指導者:
「無理やり助けることも、
相手のためとは限らない」
指導者:
「ただな」
僕:
「うん」
指導者:
「いつも助ける側にいる人を、
助けなくていい人だと
勘違いするな」
その言葉は、
僕の中に残りました。
──────────────
数日後、
また、
その女性に会いました。
いつものように、
笑っていました。
女性:
「この前はごめんね」
僕:
「何が?」
女性:
「急に泣いたから」
僕:
「別にいいよ」
少し迷ってから、
僕は言いました。
僕:
「何か手伝う?」
女性:
「大丈夫だよ」
やっぱり、
そう答えました。
僕:
「じゃあ、
大丈夫じゃなくなったら言って」
女性:
「うん」
僕:
「……いや」
女性:
「何?」
僕:
「言わない気がする」
女性は、
少し驚いた顔をしました。
僕:
「だから、
たまに勝手に聞くね」
女性:
「何それ」
そう言って、
笑いました。
今度は、
少しだけ、
いつもの笑顔に見えました。
──────────────
大人になった今、
あの時の話を
思い出すことがあります。
家庭でも、
職場でも、
いつも最後まで
動いている人がいます。
頼まれる前に動く。
誰かが困れば助ける。
自分のことは、
いつも後回し。
そして、
「大丈夫?」
と聞けば、
笑って、
「大丈夫」
と答える。
そんな人を見ると、
本当に大丈夫なんだと
思ってしまうことがあります。
でも、
笑っていることと、
余裕があることは
同じではありません。
動けていることと、
疲れていないことも
同じではない。
──────────────
僕自身も、
誰かの「大丈夫」を、
そのまま受け取ってしまうことがあります。
だから、
自分にも言い聞かせています。
いつも助けてもらっている人ほど、
たまには、
こちらから見る。
いつも聞いてくれる人の話を、
今度はこちらが聞く。
いつも家族を支えている人に、
「何かあったら言って」
だけで終わらせず、
できることを一つ、
代わってみる。
「大丈夫な人」を、
放っておくな。
「助けて」と言える人だけが、
苦しいわけではありません。
むしろ、
何を背負わせても、
「大丈夫」と笑う人ほど、
たまには、
こちらから気にかけた方が
いいのかもしれませんね😉

