「父が旅立った日、私が受け取ったもの」 | 人生は、足してもダメで、引いてみた(笑)

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手放すことで気づいた話などを綴っております。

 

 

【父が旅立った日、私が受け取ったもの】

 

もう8年くらい前のことなんですけどね、

父がこの世を旅立った日の話です。

その日はお正月で、

お正月は毎年こどもたちを連れて実家に帰るのが

梅川家の定番になっていました。

 

 

 

その日(お正月)も

娘と実家に帰る準備をしながら

「じいちゃんたち、待ってるだろうね~」

なんて笑いながら支度をしていました。

 

 

 

 

すると、めったに電話をしてこない私の弟からの着信があり、、

なんか嫌な予感がしながらも電話に出ると

「父ちゃん、、もうだめかもしれん、、」

と、いきなり父の急変を聞かされました。

 

 

 

 

ほんの数日前まで

畑に行って雑草をとったり

母を散歩に誘っても一緒に行ってくれないと

冗談交じりで笑っていた父が、、

あんなに元気だった父が、、

信じられない気持ちと、

早く行かないと間に合わないのかもしれない、、

弟の話しでは、父に残された時間は

もうわずかしかないと分かったからです。

 

 

 

私は娘と一緒に車に乗り父の元へ、

1分1秒でも早くつけるように祈りながら車を走らせました。

 

 

熊本から

父が運ばれた病院までの2時間半が

とてつもなく長く感じました。

 

 

やっとのことで病院にたどり着き

父がいる病室へ入ると

父には点滴や酸素吸入の為の措置がされていて

「今夜が峠でしょう」

そんなお決まりのセリフを

到着してすぐに看護師さんから聞かされました。

 

 

 

 

看護師さんの説明では

父にはもう意識がなく、血圧も低下していて

父の命の灯が消えるのは時間の問題です。

とのことでした。

 

 

 

 

 

実は私は、

今でこそ孫も出来て

父ともそれなりに話が出来るようになってはいましたが

父に対して反抗期も長く早くに結婚したこともあり

父に親孝行をしてあげれなかった、、

ずっと、そんな風に思っていたんです。

 

 

 

 

 

いつか父に感謝を伝えよう、、

そう思いながら

照れくさいような、今更遅いかな、、とか

そんな風に思っていて

ずっと言えないままでした。

なのに、、今、目の前で父の命の灯が消えようとしています。

 

 

 

 

 

もう、伝えられるのは今しかない

そう思うと

父への感謝の言葉や

父との思い出の話が次つぎと私の口から出てきました。

 

 

 

 

 

運動会で誰よりも走るのが早くて、

毎回ヒーローみたいだった父の姿や

こどもたちに優しくしてくれたことへの感謝を

意識がない父へずっと話し続けました。

 

 

すると

意識がない筈の父の目から涙が流れてきたんです。

 

 

 

 

そして血圧が上昇し

看護師さんも

「お父さん持ち直してますね。今日は泊まられますか?」

父の容体が安定したので、

病室に泊まって様子を見るのかどうかを聞かれました。

 

 

 

 

私と娘は父と一緒に泊まることにし、

ホッとした私は娘に飲み物を買ってくるね。

と、伝え病室を後にしました。

 

 

 

 

 

病室から少し離れたところにある自動販売機で

娘の分と2つ、飲み物を買って病室へ入ろうとすると、、

病室の中から娘が号泣している声が聞こえてきます。

 

 

 

 

 

慌てて病室に入ると

飲み物を買いに行ったほんの5分ほどの間に

父は旅立っていました。

 

 

 

 

 

きっと父は

私に最後の姿を見せたくなかった

父の最期の優しさだったと思うんです。

 

 

 

 

 

娘に手を握られながら

娘の涙とともに旅立った父の顔は

本当に誇らしげな表情で

意識はなくてもちゃんと声は届いていたこと

なにより父への想いを伝えられて良かったと思いました。

 

 

 

 

 

 

誰にでも旅立ちの日は必ずやってきます。

その日がいつ来ても後悔しないように

1日1日を丁寧に生きよう

伝えたいことは、照れ臭くってもw出来るだけ伝えよう。

そんな風に思いました。

 

 

 

 

 

お父さん、本当にありがとう(^-^)