(親子関係のトラウマ③私の場合(一)からのつづきです。)
つまり…
私は、親子関係のトラウマ②6つの人格のうちの、「優等生」だったのです。
(と言っても、6つの人格という枠組みだけの話で、本当に「優等生」だったわけではないですよ^^:)
私は自分の目の前の現実を克服するために、自分が優秀になることを望みました。
自分を向上させることは喜びでもありましたが、内面は常に、自己否定、自分への虚無感に満ちていて。
コンプレックスの塊で、人と出逢うたびに「自分が劣って見える」ことを怖れ、もっともっとと上を目指し、自分が無価値になることに怯え続けていました。
「ここに存在するだけで良い」だなんて到底思えず、自分に何かの能力を付加し、その能力で底上げしないことには、自分に価値を見出せなかったのです。
その向上心=焦燥感に、「誰か、止めて!」「今のままでいいと言って!」と叫びたい気持ちでした。
群衆に埋もれる自分を際立たせようと、木に登った聖書の男、ザアカイそのものです。
でも「ザアカイそのもの」と知った瞬間、心の中の大きな大きな冷たい塊が、信じられないほど流れ続ける涙となって、溶けていったのです。
そして人生というものは、なんという不可思議を起こしてくれるのでしょう。
この後さらに、その時の私がまさに聞くべき話題へと、移ったのです。
(次につづく)
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本日8時配信のメルマガで、8月の東京での対面カウンセリングの受付を開始します。
つまり…
私は、親子関係のトラウマ②6つの人格のうちの、「優等生」だったのです。
(と言っても、6つの人格という枠組みだけの話で、本当に「優等生」だったわけではないですよ^^:)
私は自分の目の前の現実を克服するために、自分が優秀になることを望みました。
自分を向上させることは喜びでもありましたが、内面は常に、自己否定、自分への虚無感に満ちていて。
コンプレックスの塊で、人と出逢うたびに「自分が劣って見える」ことを怖れ、もっともっとと上を目指し、自分が無価値になることに怯え続けていました。
「ここに存在するだけで良い」だなんて到底思えず、自分に何かの能力を付加し、その能力で底上げしないことには、自分に価値を見出せなかったのです。
その向上心=焦燥感に、「誰か、止めて!」「今のままでいいと言って!」と叫びたい気持ちでした。
群衆に埋もれる自分を際立たせようと、木に登った聖書の男、ザアカイそのものです。
でも「ザアカイそのもの」と知った瞬間、心の中の大きな大きな冷たい塊が、信じられないほど流れ続ける涙となって、溶けていったのです。
そして人生というものは、なんという不可思議を起こしてくれるのでしょう。
この後さらに、その時の私がまさに聞くべき話題へと、移ったのです。
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