今、乳幼児期のお子さんを育てていらっしゃるお母さま方…
毎日ほんとうにほんとうに、お疲れさまです。
心からそう思います。。
とにかく、
24時間×365日×何年?
…という年中無休の主婦業に、同じく、さらに気の抜けない待ったなしの、年中無休の子育てが加わる生活。
そんな日々の働きも、世間は「当然でしょ?」っていうまなざしですし、お給料を頂けるわけでもない。
それをやっている日本中、世界中のお母さん、ほんとうに偉大だと思います!
私自身の乳幼児期の子育ては、10年以上前のことになります。
当時は、新聞にゆっくり目を通す時間でさえ、一杯の紅茶を飲む時間でさえ…本当に得難いほどの幸せで、ありがたかったことを思い出します。
子供が幼稚園にあがる迄は親しいママ友もなく、毎日接する大人がダンナしかいないような、社会とのつながりを絶たれた孤独な期間でもありました。
あれをやりたくても、これをやりたくても、時間もチャンスもなく。。
子育ては、自分を失う時間?
私は、でも、そうは思わなかったのです。
夜中に起きて、授乳する…
授乳して、寝たかと思ったら即刻うんち。おしりを洗ったら、また目が覚めて授乳。
その繰り返しの新生児期から始まった子育て…
それは、私が子供にいろんなことをして、与えてるようでいて、実は子供から私に与えられている。
理屈でもなく、キレイごとでもなく、ただそのように、「与えることは与えられること」だと、生きてて初めて実感したのが子育てでした。
私にとって子供と過ごす時間は…決して絵に描いたようなうるわしい母子の日常でなくとも、何か、天から与らえれたご褒美のように思えました。
とにもかくにも、今、乳幼児を育てていらっしゃるお母さま方には、心から声をかけたくなります。
誰も褒めてくれないとしても、
認められていないとしても、
孤独でも、
心が不安定でも、
子供に何かひどいことをしちゃったとしても…
お母さんしてるだけで、ほんとうに素晴らしいこと。
毎日毎日、ほんとうにお疲れさまです。
日曜日の今日、
ゆっくり、ゆったりと、過ごせますように…
天地創造したという、神サマだってお休みしたのが日曜日。
息を抜くこと、必要です
毎日ほんとうにほんとうに、お疲れさまです。
心からそう思います。。
とにかく、
24時間×365日×何年?
…という年中無休の主婦業に、同じく、さらに気の抜けない待ったなしの、年中無休の子育てが加わる生活。
そんな日々の働きも、世間は「当然でしょ?」っていうまなざしですし、お給料を頂けるわけでもない。
それをやっている日本中、世界中のお母さん、ほんとうに偉大だと思います!
私自身の乳幼児期の子育ては、10年以上前のことになります。
当時は、新聞にゆっくり目を通す時間でさえ、一杯の紅茶を飲む時間でさえ…本当に得難いほどの幸せで、ありがたかったことを思い出します。
子供が幼稚園にあがる迄は親しいママ友もなく、毎日接する大人がダンナしかいないような、社会とのつながりを絶たれた孤独な期間でもありました。
あれをやりたくても、これをやりたくても、時間もチャンスもなく。。
子育ては、自分を失う時間?
私は、でも、そうは思わなかったのです。
夜中に起きて、授乳する…
授乳して、寝たかと思ったら即刻うんち。おしりを洗ったら、また目が覚めて授乳。
その繰り返しの新生児期から始まった子育て…
それは、私が子供にいろんなことをして、与えてるようでいて、実は子供から私に与えられている。
理屈でもなく、キレイごとでもなく、ただそのように、「与えることは与えられること」だと、生きてて初めて実感したのが子育てでした。
私にとって子供と過ごす時間は…決して絵に描いたようなうるわしい母子の日常でなくとも、何か、天から与らえれたご褒美のように思えました。
とにもかくにも、今、乳幼児を育てていらっしゃるお母さま方には、心から声をかけたくなります。
誰も褒めてくれないとしても、
認められていないとしても、
孤独でも、
心が不安定でも、
子供に何かひどいことをしちゃったとしても…
お母さんしてるだけで、ほんとうに素晴らしいこと。
毎日毎日、ほんとうにお疲れさまです。
日曜日の今日、
ゆっくり、ゆったりと、過ごせますように…
天地創造したという、神サマだってお休みしたのが日曜日。
息を抜くこと、必要です

あなたにしか出来ない子育てのために