その3...?
2じゃないのか?真顔

気づけば3が終わりましたグラサン

予想していた通り
母と
そして彼への想いが
内側から出てきた

そんなのもう
自分でも分かってたし
何度もノートにも書き出してたじゃん


キョロキョロ

びっくり!!

一致

一致ってこと?

ずっと
エゴとか
慣れすぎて自動的にそう考えちゃう、
オートマ思考とか
そんなんかも
って思いがあった。
叶わないから、偽の願いなのかな…とか。

それを

まだ疑うのか?真顔

と突きつけられた
ということに、今気づいた笑い泣き

だからといって
浮き立つわけでもなく

内側は、いたって静か


真理芝居その2での独白は
彼だった。

愛しているのは
恐れていたのは
感謝しているのは
やりとげたかったことは
これが最期の一息なら

その全てが
彼に関わることだった。

気づけば4年ほど会ってない
LINEだけのやりとりも、2年前に終わっている
その彼って…
一体誰?笑い泣き
自分でも、もはや、誰のこと!?って
疑問に思うよ。

想いと記憶と願いは
一致してるのか?
ってね。

でもね
その瞬間
そうだった。以上。
なのだよ。



そして今日。
真理芝居その3

今朝、ふと読んだblogで
その方が、母親との関わり、母親への想いを
綴っていた。

私は、母を大切に出来ているか?
大切にする、とは?

そんな問いを自分に投げかけた。
答えの代わりに
何かが溶けて溢れ出し、涙になった。

目の前にいるお母さんとの時間を
大切に味わおう。
それは、母を大切にする
というより

私が、母にしてあげたいこと
私が、母としたいこと
を大切にするということ。
そんな、
私の想いを大切にするということ。

そんな気づきを得ての
真理芝居108その3

独白で、
演者の語りを聴きながら

あ〜
私も、伝えたい愛、ありがとうは
家族みんなへ、だ。

と思って
一人ひとりに伝えた。

子どもの頃、
死ぬのが怖かった。
漠然とした、死への恐れではなく
この家族とさよならするなんて
そんなの、嫌だえーん
そんなことを思う子どもだった。

意外だったのは
感謝したい人。

父親だった。

離れてくれて、ありがとう。

両親が離婚していなければ
祖父母との暮らしはなかった。
そして
社会人になって知った父親の愛。
いつも私のことを遠くから見守り、
応援してくれていたえーん

家族として、共に生きる人生ではなかった。
でも
そんな愛の形があることを
父が
教えてくれていた。

お父さん、
ありがとう。


これは芝居という形の儀式だと
ハッピーちゃんは言った。

儀式って
何かを得たり、より良い変化を望むもの
という感じがしていた。

でも
終わってみて
そこにあったのは

私の起源。

深く深く
落ちていく
その中で
身につけていた不要なものが 
どんどん剥がれていく

底の底の
震央部
と呼ばれるところまで落ちた時

何もない私が
そこにいて
全てをもう持っていた。

落ちながら
巻き戻しのように
自分のこれまでを
俯瞰の目で
真っ直ぐに見ることが出来た

思い込みを取っ払って
ソレを見てみると

そこにあるのは
愛だった。

ずっと
愛の中にいた

始まりの地に戻り
私は何をはじめるのか

やり残したこと、だ。

答えはもう分かっている。

真っ直ぐに
それだけを見て
進むんだ。

浮上する
そのタイミングまで
しばし
底の底で
第一章の余韻を愉しもう。